美術家の根間智子が写真集を出版するという話は、本人との個人的な会話で、数年前から聞いてはいた。近年、根間も編集同人である『las barcas』の誌上で、双子の姉妹を被写体にした、極めて印象的な写真作品を発表していたので、その系列の作品を集成した写真集だと思い込んでいた。

小舟社・3780円/ねま・さとこ 1974年生まれ。美術家。県立芸術大学非常勤講師

 この写真集は、凝りに凝った造本設計も含め(実物を手に取って確かめていただきたい)、根間が本気でこの作品を提示していることが、ページをめくる前から物質的に伝わってきたが、驚いたのは中身の写真である。双子の姉妹の写真ではなく、茫漠(ぼうばく)としたイメージが延々と続く写真集だったからだ。

 この写真集で提示されるイメージは、ブレ、ボケといった写真が多くを占めている。写真集のタイトルである『Paradigm』(パラダイム)とは、言語学者のソシュールに由来する「範列」の意味と解したほうがいいのだろう。ならば、各々(おのおの)の写真は等価であり、かつ交換可能なものであると捉えるべきで、任意の気にいったページを、行ったり来たりして観(み)ればいい。けれども、それだけではこの写真集は終わらない。

 この書物の末尾にテキストを寄稿している新城郁夫も注目しているが、例えば空を飛ぶ鳥の群れのカットのように、しっかりピントが合い、シャッタースピードも適切で、ブレてもいない写真がちらほら含まれている。被写体とその意味がある程度了解できるので、一見すると安心するかもしれないが、むしろ戦慄(せんりつ)的だ。なぜなら人は、意味から逃れられないことを逆説的にこれらの写真が指摘しているからだ。つまり、我々は見たいものしか見ないのである。

 根間は、意味の病に対して、決して暴力的に介入するわけではなく、そっとイメージを差し出す。勿論(もちろん)それは、観るものを慰撫(いぶ)する現状肯定ではなく、例えば浜辺から海景を臨むカットがそうであるように、未来への予兆に満ちている。その未来が明るいものかどうかは、観るものに委ねられている。(土屋誠一・美術批評家)