ちょうど20年前の4月12日夜、橋本龍太郎首相とモンデール米駐日大使が急遽(きゅうきょ)共同記者会見を行い、普天間基地の移転を発表したことに嬉(うれ)しい驚きを覚えた人は多かったであろう。2人は米海兵隊普天間基地の5~7年以内の全面返還、その返還条件として、とくに在沖縄米軍基地に「ヘリポート」の新設で合意したことを明らかにした。

集英社・820円/みやぎ・たいぞう 1968年生まれ。上智大教授。著書に「戦後アジア秩序の模索と日本」など▽わたなべ・つよし 同年生まれ。ジャーナリスト。著書に「日本はなぜ米軍をもてなすのか」など

 ところがその後この代替施設案は二転三転、迷走に迷走を重ね、2006年5月までに辺野古沖にV字型の1800メートルの滑走路2本を設置するという巨大な新基地建設計画へと変貌した。そこでは稲嶺惠一知事が辺野古沖容認の条件とした「軍民共用」と「15年使用期限」は雲散霧消していた。普天間移転問題は現在に至るまで混迷、膠着(こうちゃく)のままである。

 すでにこの問題については多くの研究書が刊行されているが、その政治・外交過程を実に要領よく、ポイントをおさえながら、そして政府の対応を批判的に検討したのが本書である。しかも新書でありながら、充実した註(ちゅう)が示すように、過去20年の日本政治・外交の分析は十分に専門的である。さらにこの問題には、「抑止力」の評価、中国との向き合い方、中央と地方の関係、民主主義のあり方を問う諸課題が凝縮されていると説くなど、単なる沖縄基地問題の考察に止まらない奥行きと広がりをもつ。

 著者は現行案に膨張した主要因に海兵隊と空軍の組織利益をあげ、60年代より米軍には辺野古沿岸に新基地建設構想があったと述べる。この指摘は、かつて対日サンフランシスコ講和条約を仕切ったアチソン国務長官の、講和に至る過程で最も厄介な相手は冷戦の敵対国(ソ連)でも旧敵国(日本)でも、あるいは西側同盟諸国でもなく、占領期の特権的な立場に固執する米軍部であったとの述懐を想起させる。

 本書は現行案の強行が本土・沖縄関係に修復し難い亀裂を与えると警告し、沖縄の基地負担軽減をめざす普天間問題の本来的な解決を訴える。沖縄との縁が深い著者2人の危機意識、必死の思いが伝わる渾身(こんしん)の1冊である。(佐々木卓也・立教大教授)