【八重瀬】那覇市久茂地のタイムスビルで24~26日に開かれる「まるごと八重瀬 観光・物産と芸能フェア」では地元に伝わる芸能の数々を凝縮した「豊年-HOU NEN-」のステージがある。「祈り」「祭り」「賑わい」の3部構成の舞台の流れに沿って、伝統の歴史と今を紹介する。

八重瀬町志多伯集落で戦後2度目の33回忌豊年祭に姿を見せた獅子加那志。集落の信仰を集める=2011年9月(神谷忠正さん撮影)

集落の祭事について、話し合う区長の神谷忠正さん(中央)=6月12日、八重瀬町の志多伯公民館

八重瀬町志多伯集落で戦後2度目の33回忌豊年祭に姿を見せた獅子加那志。集落の信仰を集める=2011年9月(神谷忠正さん撮影) 集落の祭事について、話し合う区長の神谷忠正さん(中央)=6月12日、八重瀬町の志多伯公民館

 「民俗芸能は単体で成り立ってはいない。根底に祖先を敬い、無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)を願う祈りがあり、奉納として続いている」

 そう語る町志多伯の神谷忠正さん(65)は昨年、集落の祭事を司る区長に就いた。志多伯のメインの祭事は1・3・7・13・25・33年の「年忌」と呼ぶ節目の旧暦8月十五夜に開く豊年祭。33年忌を終えると翌年から1年忌に戻って繰り返す。約370世帯、千人の集落総出で準備する。

 豊年祭は2日間で、拝みに始まり、華やかな衣装姿の道ズネーの後は手作り舞台を中心にした棒術や組踊、舞踊などが夜半まで続く。主役は暴れ獅子とも称される獅子舞だ。

 守り神である神獅子は集落の外に出さず、琉球国王と同じ尊称を付けて獅子加那志と呼ぶ。獅子舞をする町の4集落中、志多伯を最も古い300年前の起源とする理由として、王府時代に志多伯を治めた蔡鐸や三司官を務めた蔡温の親子由来説も挙がる。

 伝統の獅子頭は沖縄戦で失われたが、彫刻に長じた神谷房吉さん(1900~73年)が作り直して46年、帰村を喜ぶ1年忌豊年祭につなげた。材料は焼け残ったデイゴ。おいに当たる神谷房徳さん(86)によると彫り進めるうちに中に砲弾片が残っていて木が砕け、一からやり直すなど難渋したという。獅子頭は戦後2度目の33年忌を2011年に終え、3巡目に入った豊年祭でも健在な舞を見せた。

 今回の公演では、幕開けを告げる全出演者約200人のスネイの後、舞台を鼓舞する勇壮な旗頭ガーエーに「幻の旗頭」を送り出す。舞うと頂点のからくり木製ミルク人形が鉦(かね)を打ち鳴らす。口伝を頼りに200年以上の時を越え、11年に再現した。区長の神谷忠正さんは「戦争を挟み、なお続く豊年祭は祈りの強さの象徴。ふるさとの遺伝子のようなもの」と語った。(南部報道部・堀川幸太郎)

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 八重瀬町の芸能公演「豊年-HOU NEN-」は那覇市久茂地のタイムスビル3階のタイムスホールで25、26の両日午後3時開演。開場は30分前。入場料は1500円で、物産展で使える500円券が付く。問い合わせ、チケット販売は八重瀬町観光振興課、電話098(998)2344、沖縄タイムス社文化事業局、098(860)3588。