チャプリンがヒトラー批判の映画「独裁者」を作ったのは1940年。ユダヤ人虐殺などの蛮行が明らかになる戦後ではなく、ヒトラーの絶頂期に制作した

▼当時、ポーランドに侵攻したヒトラーのナチス・ドイツに対し、世界はまだその危険性を十分認識していなかった。自伝によると、演説の映像を見たチャプリンは「あいつは大変な役者だ」と危機感を覚え、対決の道を選んだという

▼劇中では人々を扇動するヒトラーの手法のからくり、演説の空虚さをあばいた。暗殺される危険を顧みず、所作を徹底的にちゃかした

▼あれから76年、ヒトラーの思想は世界の隅々に巣くっている。少数者に対するヘイトスピーチが平然と行われる。相模原市の障がい者施設で19人が刺殺された事件では、26歳の容疑者が「ヒトラー思想が降りてきた」と話していたという

▼「価値のない命は殺してもいい」とする優生思想は障がい者の次は高齢者、病人などと迫害の対象が社会的弱者に連鎖する。ナチスは障がい者20万人以上を惨殺後、ユダヤ人虐殺に向かった

▼「独裁者」ラストの「6分間の演説」で、チャプリンはタブーとされたカメラのレンズを見て訴えた。「貪欲や憎悪や不寛容をなくすために、自由な世界のために戦おうではありませんか」。76年前の命懸けの訴えに、耳を傾けたい。(磯野直)