1944年に起きた疎開船「対馬丸」撃沈事件の犠牲者を悼むため、鹿児島県奄美大島の宇検村が村北西部の船越海岸で予定していた慰霊碑建立が、村議会の補正予算案否決のため頓挫していたことが分かった。村内の焼内湾などには、事件で生還した21人と105人の遺体が漂着したとされ、村は事件から72年となる今月22日までの完成を目指していた。沖縄の生存者や遺族は「議決に口を挟む立場にはないが、関係者が健在なうちに奄美の碑に手を合わせたいというのが私たちの願い」と動向を見守る。

多くの対馬丸犠牲者の遺体が流れ着いた船越海岸。ここに慰霊碑建立が予定されていた=2015年8月、奄美大島宇検村

対馬丸と奄美大島関連図

多くの対馬丸犠牲者の遺体が流れ着いた船越海岸。ここに慰霊碑建立が予定されていた=2015年8月、奄美大島宇検村 対馬丸と奄美大島関連図

 村担当者によると、慰霊碑建立にかかる事業費約1千万円を2016年度当初予算に計上予定だったが、一部の村議から金額や村直営の妥当性、「隣接する大和村や瀬戸内町を含めた広域事業にすべきだ」などの指摘があり、いったん数万円だけを計上した。

 石材や工法を見直したほか、4月に宇検集落で立ち上がった建立実行委員会が建立と管理運営を担う形に変更し、6月議会で改めて実行委への補助金650万円を含む補正予算を提案。しかし再び「防災や医療関連など、住民生活に密接した施策を充実すべきだ」といった反対意見が上がり、賛成3人、反対4人で否決された。

 那覇市の対馬丸記念館と碑文作成を進めていた経緯もあり、元田信有・宇検村長は「8月までに碑を完成させ、9月に関係者を招いた落成式典を描いていた。否決は大変残念だが、慰霊碑は沖縄の方々の願いであると同時に、奄美の子どもたちの平和教育のためにも必要」と再提案を模索する。

 ともに奄美に漂着し、住民の手厚い看護で生還したうるま市の上原清さん(82)と、大宜味村の平良啓子さん(81)は「奄美には感謝の気持ちしかない。議会の動きを見守りたい」。

 対馬丸記念会の外間邦子常務理事(77)は「関係者が高齢化し、この機会を逃してはいけないという気持ち。実現したら素晴らしいが」と語った。(社会部・新垣綾子)

■未収集遺骨調査 厚労省が現地で聞き取り

 「対馬丸」事件の犠牲者が漂着した奄美大島で、厚生労働省は7月25日、未収骨情報の収集を目的に聞き取り調査した。事件当時、遺体埋葬に関わった宇検村の大島安徳さん(89)のほか、大和村の中山昭二中央公民館長の案内で当時の状況や埋葬場所などを確認した。沖縄の遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表も同行した。

 3月の参院沖縄北方問題特別委員会で関連質疑があったことを受け、初めて調査。大島さんは105人の遺骨が沖縄に持ち帰られたとされる1950年以降も、骨を探す遺族を埋葬場所に案内した経験があり「台風などで流され、まだ見つかっていない遺骨があるのではないか」などと証言した。厚労省担当者は「調査を踏まえ、試掘を含めた今後の対応を検討していきたい」と話した。

 また、厚労省は7月27日から3日間、金武町の屋嘉収容所跡で発掘や地域での聞き取り調査を実施。新たな沖縄戦関連の遺骨は見つからなかった。