長年、テレビ報道の仕事をしているが、胃液がまさに逆流する思いをすることがまれにある。嘔吐(おうと)感。出来事の進捗(しんちょく)のあまりの理不尽さに吐き気を催すのだ。

ヘリパッド建設工事着手に抗議する住民らと機動隊員の小競り合いが続き騒然とした高江の米軍北部訓練場N1ゲート前=7月22日、東村

 相模原市の障がい者施設で起きた大量殺人事件の直後の現場に足を運んだ時もそうだった。本来、助けを必要としている重度の障がい者を、この施設につい最近まで勤務していた26歳の元職員が深夜施設に侵入し、明確な殺意をもって約50分間に45人を次々に襲い19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた。なぜこんな理不尽なことが起きたのか。「障がい者はいない方がいい」。ゆがんだ思い込みと残忍な暴力。この出来事の意味を僕らは時間をかけて考え続けなければならない。

 だが、これから書くのは、この事件のことではない。この事件の約2週間前、7月11日の未明から東村高江で起き続けている出来事のことを記す。

 その前夜、僕は参議院選挙の投開票の取材で那覇市にいた。島尻安伊子沖縄担当大臣の選対事務所に詰めていたのだ。参議院沖縄選挙区でどのような民意が示されるのかに全国が着目していた。島尻選対事務所には、支持者・運動員に加えて、多くの報道関係者が陣取り、ピリピリと張り詰めた空気が漂っていた。

 選対事務所の1人の男性が「ここに荷物を置くな」「ここには入るな」などと報道陣に対して神経質な対応を繰り返していた。午後8時、投票終了と同時にテレビ局各社と地元2紙が一斉に伊波洋一候補の当選確実の速報を打った。現職の島尻議員の落選が決まった瞬間だ。テレビ画面をみていた島尻氏は、支持者に頭を下げ、その後報道各社の共同インタビューに臨んだが、政治家としての再起を期す意思が読みとれた。

 その後、僕らは伊波候補の選対事務所に向かったが、そこはお祭り騒ぎになっていて、僕らが到着したその瞬間にカチャーシーが始まったところだった。まさにその頃に、〈彼ら〉は高江の県道に向かうために装備などの用意をすべて整え終わって、午前2時の起床時刻にあわせて睡眠をとっていたのだ。

 僕らは残念なことに高江の現場にはいなかったのだが、午前5時にヘリパッド着工のための資材搬入がスタートした。参院選の結果が出てからわずか9時間後のことだ。沖縄県には何の連絡もなかった。翁長雄志知事は「選挙で民意が示された数時間後に、用意周到にこういうことをやることは容認できない」と報道陣に語った。

 このタイミング。まるで島尻議員落選を見越しての〈仕返し〉のような冷徹な意図を感じ取った人は多かったのではないか。沖縄の民意がどんなに示されようと、国は「整斉とやっていく」(7月22日、中谷元・防衛相の発言)。「整斉」とは聞きなれない言葉だ。辞書で調べてみたら「整えそろえる様子」とあった。〈彼ら〉にとっては、住民など「整えそろえる」対象にしかすぎないのだろうか。

 この防衛大臣は県に何ら連絡をとらずに資材搬入を始めた理由を問われた時こう答えた。「資材搬入につきましては、準備を進めてまいりました。その準備が整ったということで、11日から作業を行ったということでございます。…いずれに致しましても、訓練場の返還は急がなければなりませんので、実施させていただいたということでございます」

 何を言っているのかというと、つまり県なんか無視していいのだ、こっちは何が何でも「整えそろえる」んだから、と。こういう人物が防衛省のトップなのである。準備が整ったんだからやるのだと。沖縄防衛局は、その後、現在は中断している名護市辺野古の移設工事についても再開の意向を示し、7月22日の午前6時には、2年間中断していた高江のヘリパッド工事に着工した。

 僕はこの時はアメリカ大統領選挙の共和党大会の取材で国外にいたのだが、現場は大混乱となっていたようだ。畏友・三上智恵さんがネットにアップしてくれた動画などからも、その混乱ぶりが伝わってきた。アメリカの小さな町のホテルでそれらの動画をパソコンでみながら、こんなことがアメリカで起きたらどうなることだろうと思った。おそらく議会やメディア、それに住民らが一斉に動きだして警察の警備の正当性が問いただされただろう。

 工事着工に反対する無防備の市民ら200人に対し、全国から動員された機動隊員500人が片っ端からごぼう抜きにしていく。防衛大臣の言うように「整えそろえた」のだろう。かなりの手荒さだ。顔面にパンチを繰り出している機動隊員もいた。市民の側に複数の負傷者が出た。県道70号線が10時間も封鎖されていた。そこに近づく者には検問が実施され免許証の提示が求められた。検問自体が抗議行動に対する明確な妨害になっていて、それ自体の合法性が問われるのではないか。

 そう、まるで〈戒厳令〉のような状態がそこにあった。警察法2条にはこう記されている。〈憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない〉。なぜこんなことが沖縄でなら許されるのか。その根底に〈植民地〉に対処するような本土の対沖縄政策があるのだと、僕は思っている。

 今話題のスマホのゲーム「ポケモンGO」について、糸満市摩文仁の平和祈念公園や沖縄戦の戦跡、あるいは御嶽(うたき)などが、プレイの場に設定されていることがわかって、死者の尊厳やその場所がもつ歴史的な意味を損なうとの批判が出ている。

 ならば高江で実際に行使されている物理的な警察力についてはどうなのか。住民の平和に暮らす権利や自然をまもりたいと思う願いを損なっていないのか。高江で起きていることへの本土の無関心ぶりは、僕には、まるで高江でポケモンGOに興じていることと同義のように思えるのだ。胃液が逆流しそうだ。(2016年8月3日付 沖縄タイムス文化面から転載)