「他人の家の飯には棘(とげ)が入っているから」。日活映画「風と樹と空と」(石坂洋次郎原作)で、吉永小百合さん演じる娘・多喜子に母親が語る場面がある

▼集団就職で上京する娘を案ずる親心だろう。世間は辛(つら)いことも多いよと。時代は違えど、「他人の家の飯(実社会)」には、苦労の種である「棘」はつきない

▼この春、社会人になった皆さんにとって、「他人の飯」の味はどうだろうか。まだまだ上司や先輩の言葉一つに緊張する毎日かもしれない。いずれ仕事で失敗して上司にどやされ、苦い酒に涙をこぼす日もくるだろう

▼でも大丈夫。テキパキ仕事をこなす隣の頼もしい先輩も、新人時代は「棘」が痛くて眠れぬ夜を過ごしたはずだし、強面のあの上司だって仕事に自信をなくして出社するのが嫌になった経験があったに違いない

▼少し焦っているあなたに、気持ちが軽くなるおまじないの言葉を贈る。「すぐに役に立つ人間は、すぐに役に立たなくなる」。「製紙王」と称された王子製紙の初代社長、藤原銀次郎氏(故人)の口癖だったという

▼失敗と反省を繰り返してばかりの「反面教師」の身ながらこれだけは言える。「棘」の痛みが大きければ大きいほど、その思い出が最高の酒の肴(さかな)になる。そんな日がきっと来る。緊張した顔で駆け回る君の姿はまぶしく映る。(稲嶺幸弘)