西嫁ないしヨー

約30年ぶりの綱引き歌と踊りを稽古する世名城の女性たち。公演2日目に登場する=15日、八重瀬町の世名城公民館

1958年ごろ、最盛期だったという世名城の綱引き。直径30センチ、長さ30メートルと伝わる綱に何十人もの男が群がり、時に殴り合うこともあった(世名城老人クラブ創立40周年記念誌より)

約30年ぶりの綱引き歌と踊りを稽古する世名城の女性たち。公演2日目に登場する=15日、八重瀬町の世名城公民館 1958年ごろ、最盛期だったという世名城の綱引き。直径30センチ、長さ30メートルと伝わる綱に何十人もの男が群がり、時に殴り合うこともあった(世名城老人クラブ創立40周年記念誌より)

  カンダバのお汁ヨー

  東嫁ないしヨー

  卵のうしお汁ヨー

 豊年を祈る八重瀬町世名城の綱引きで、集落の女性が東西に分かれて歌う「綱引き歌」。嫁ぎ先によって食べ物が質素になったりぜいたくになったりするぞ-などと、あけすけに相手をけなし、自分たちを褒める歌詞が19番まで続く。農村のおおらかさが伝わる。

 祭りを支えたのは農村の日常だ。職住一体の人々が多く祭事に携わり、晴れの場の大役を競うように稽古に励むことで芸能の水準を押し上げた。琉球王府の歴史書・球陽が田が肥えていると評した町一帯の土壌は、士族の帰農とともに組踊など王府文化の流入を促し、芸に多彩さを加えた。

 世名城の農村風景が変わり始めたのは会社勤めが増えた1960年代。祭事に顔を見せる人々が減り、年3回だった綱引きは現在の1回に減った。旧盆ウークイを一般的な旧暦7月15日だけでなく翌16日までとして長く先祖と一緒にいたいと考え、夜の綱引きで送り出す信仰心のあつい地でも時流に逆らえなかった。80年代後半、綱引き歌を歌うことはなくなった。

 今回の芸能公演「豊年-HOU NEN-」の2日目、26日には約30年ぶりに世名城の女性たち十数人が綱引き歌を歌う。出演者の一人、野原静子さん(84)は「歌詞を思い出すのに時間はかかっても、歌えば自然と体が踊る。今回をきっかけに、また皆で歌い継ぎたい」と声を弾ませた。(南部報道部・堀川幸太郎)

■ふるさと元気応援企画 24日から

 八重瀬町の芸能公演「豊年-HOU NEN-」は那覇市久茂地のタイムスビル3階のタイムスホールで25、26の両日午後3時開演。開場は30分前。入場料は1500円で、物産展で使える500円券が付く。問い合わせ、チケット販売は八重瀬町観光振興課、電話098(998)2344、沖縄タイムス社文化事業局、098(860)3588。