沖縄県出身のダンスボーカルグループ「MAX」が昨年、デビュー20周年を迎えた。現在はREINAが育休中でNANAとMINA、LINAで活動する。27年前に沖縄アクターズスクールで出会い、同校で鍛え上げた歌とダンスで音楽シーンを席巻。2000年代にはメンバー入れ替えなど曲折を乗り越えた。表現者として走り続ける3人は足跡を朗らかな自然体で振り返る。(聞き手=学芸部・松田興平)

デビュー21年目。表現の幅を広げながら活動し続けるMAXの(右から)NANA、MINA、LINA=那覇市東町(喜屋武綾菜撮影)

 -最近は音楽だけでなくバラエティー番組でも活躍している。当初はどんな形のデビューを思い描いていたか。

 NANA 最初はおニャン子クラブに憧れていた。実はなりたかったのはぶりぶりのアイドル。少しずつ変わっていった。

 LINA 私も最初は目指したのはアイドルだったが、アクターズに入ってジャネット・ジャクソンやマドンナを知り、かっこいい歌と踊りに目覚めた。

 MINA 小さいころは中森明菜さん、荻野目洋子さんの歌が大好きだった。ボーカルの力を身につけたいと思うようになった。

 -10代で沖縄を出て活動した。そのときの心境は。

 NANA 上京したてのころが、一番気を張っていた。売れるまで沖縄に帰れない、という気持ちで勝手に沖縄を背負っていた。

 MINA ちょっと暇があっても里帰りできる雰囲気じゃなかった。気が緩むことを自分たちに許さなかった。当時は携帯電話もないし、家族や友人とも簡単に連絡が取れなかった。

 LINA 周りの大人が必死だったので自分たちも頑張らなきゃ、という気持ちだった。あとから「SPEED」や「ダ・パンプ」がどんどん東京に来てくれて楽しくなった。それまでがきつかった。

 -長年活動し、メンバー入れ替えの曲折などを経て、楽曲の幅も広くなった。ファンとの関係性は。

 NANA ファンとの距離は年々縮まっていると思う。デビュー当初は男性ファンが目立って、女性ファンがあとから増えてきた気がする。

 MINA ずっと長年ライブに来てくれる人が多い。大人になって家族を持ってと、お互いの節目をともに経験している感覚がある。

 LINA 近いファンとはすっかり親戚みたいな関係性になっている。それだけ一緒にいる。私たちの変化や成長を見続けてくれている。

 -今後、どんなグループ像を描いているか。

 NANA 許されるなら60歳まで歌って踊りたい。女性グループ最長期間のギネスを目指す。まずは25周年という近い節目に、沖縄で単独ライブを開くことが目標。

 MINA これまでもMAXは手探りでやってきた。今後もあせらずに歩んで、気長に頑張る。その上で、25周年を地元で飾りたい。

 LINA 体力が続く限り活動したい。この年になって気づいたが、表現者は技だけじゃなく人間力が大事。温かみがあってセクシーなグループでありたい。成長した姿を沖縄のファンにみせたい。