「陽一よくやった」「お疲れさま」-。沖縄から遠く離れたリオデジャネイロでの糸数陽一選手(25)の試合を、家族や親戚らは南城市知念の実家や少年時代を過ごした久高島から応援した。4位入賞を見届けると拍手で喜び、大舞台での活躍に感慨深げ。素質を見いだして競技に誘った恩師や母校・豊見城高校の後輩たちも、メダルに肉薄した糸数選手の快挙をたたえた。

日本新記録となるジャーク169キロを成功させ、セコンドに抱き上げられる糸数陽一選手=リオデジャネイロ(又吉俊充撮影)

糸数陽一選手のリオでの活躍を喜ぶ(左から)祖母の宮城ツル子さん、母の糸数幸子さん、祖父の宮城勝雄さん、妹の糸数真喜さん=9日午前8時20分、南城市知念

日本新記録となるジャーク169キロを成功させ、セコンドに抱き上げられる糸数陽一選手=リオデジャネイロ(又吉俊充撮影) 糸数陽一選手のリオでの活躍を喜ぶ(左から)祖母の宮城ツル子さん、母の糸数幸子さん、祖父の宮城勝雄さん、妹の糸数真喜さん=9日午前8時20分、南城市知念

■家族・親戚 快挙たたえる

 【南城】南城市知念の実家には早朝7時前から母親の糸数幸子さん(50)や妹の真喜さん(10)、祖父の宮城勝雄さん(75)、祖母のツル子さん(73)が集まり、糸数選手の活躍を願って仏壇に手を合わせた。インターネットの生中継を食い入るように見入り、糸数選手が試技を成功させるたびに「やった」と歓声を上げた。

 両手を握って祈るように画面を見つめた母幸子さん。「オリンピックで入賞する目標を果たすことができた。表情を見ても調子がよさそうだった。まずはお疲れさま」と息子の活躍に目を潤ませた。

 実家には、糸数選手の国体での賞状や新聞の切り抜きが所狭しと飾られている。祖父の勝雄さんは「体が小さかったけれど、小学生のころから短距離やバドミントンが好きだった」と振り返る。「6本全部成功させて、世界4位になるのは大したもの。メダルには届かなかったが、大成功だ」と目を細めた。

 久高島で入賞の知らせを受けた親戚の西銘照子さん(78)は夕方、近所の家のテレビで試合を見た。「うれしいという言葉しか出ない」と感激しきり。「思いやりがあり、きょうだいにも優しい子。世界4位に、これ以上の喜びはない」と称賛した。

■「島のヒーロー」久高沸く

 「島への恩返し」と、渾身(こんしん)の力を込めてバーベルを挙げた糸数陽一選手の活躍に、少年時代を過ごした久高島では「島のヒーローだ」と称賛の声が上がった。

 人口300人足らずの久高島で育った糸数選手は、ほとんどの島民と顔見知り。6人きょうだいの長男で、当時から運動神経は抜群だった。海水浴や島一周をコースにしたリレーなどで遊び回り、漁業やドラゴンフルーツ栽培を手伝った。がっちりした体格は、島の人たちの温かさと自然の中で育まれた。

 久高島で一緒に過ごした親友の内間仙(のり)さん(25)=南風原町=は「僕が1学年先輩で、陽一が沖縄に帰ってくると今も兄弟のように遊ぶ。リオに向かう時は、歌を作って陽一に贈った」と話す。「世界の陽一になったけど、これからも関係は変わらない。帰って来たら一緒に島へ行き、飲み会をしたい」と笑った。

 NPO法人久高島振興会副理事長の西銘政秀さん(70)は「島から五輪選手が出て、すごい記録を打ち立てた。島の誇り、ヒーローだ。盛大な祝賀会をしたい」と興奮した様子だった。

 五輪出場が決まり、5月に島を訪れた糸数選手が何度も口にしたのは「恩返しがしたい」だった。人口が年々減り、高齢化が進む中で「何か自分にできることはないか」と語ったという。

 西銘さんは「陽一が頑張る姿を見るだけで、島も元気になる。それが地域おこしにつながる」と声を弾ませた。

■東京で頂点熱望 恩師「100点」

 糸数陽一選手が学生時代に指導を受けた3人の恩師は「よくやった。次はメダルだ」と、4年後の東京五輪に期待を寄せた。
 糸数選手は久高島にいた中学2年の時、がっちりとした体格を見込まれ、重量挙げの世界に入った。
 素質を見いだした県ウエイトリフティング協会顧問の大湾朝民さん(70)は「特別厳しく、泣くまで練習させた。それでも一度も嫌だと言ったことはない」と当時を振り返る。
 始めて約2カ月後には、五輪2大会連続でメダルを獲得した三宅宏実選手の父義行さんも「ものすごい子。ダイヤの原石だ」と太鼓判を押したという。教え子のリオでの結果に「100点。東京五輪では金メダルだ」と気勢を上げた。
 中学卒業後、豊見城高校に進んだ糸数選手を、同校元監督の金城政博さん(51)が自宅に1年間下宿させ、練習に取り組ませた。
 金城さんは「素朴な少年だった。那覇の人の多さや車の渋滞、コンビニにも感激していた。夕飯に出したカルボナーラを初めて食べて、驚いた表情が忘れられない」と語る。「そんな少年が、世界の大舞台で4位になったとは」と喜んだ。
 日本大学時代から指導する警視庁の稲垣英二さん(44)は試合終了後、糸数選手から「悔しさ半分、うれしさ半分」という電話があった。「この経験が大きな自信になる。次は東京五輪だ」と激励したという。
 糸数選手が上京してから二人三脚で五輪を目指してきた7年間を振り返り、「中学生かと思うほど純粋で、練習を貪欲に取り組んできた。その姿勢が結果につながった」と褒めた。

■大感激 豊見城高の後輩

 糸数陽一選手の母校である豊見城高校の重量挙げ部の後輩からも、喜びと称賛の声が上がった。
 2年生の新垣元基主将(16)は、糸数選手が五輪の舞台で日本記録を更新したことに「本当に尊敬している」と感激した様子。「初出場で4位はすごい。東京五輪も期待できる」と喜んだ。
 糸数選手が6月に五輪出場報告で同校を訪れた際、練習を見てもらった2年生の具志堅莉奈さん(16)は「応援しているから頑張ってね」とエールをもらい、練習の励みにしてきた。
 朝、テレビで糸数選手の試技を見て「五輪初出場だが、堂々と自分のウエートをしていたのですごい」と話した。これまで県内の大会で何度も優勝してきた具志堅さんは「私も東京五輪に出て、金メダルを取りたい」と目を輝かせた。

翁長知事「元気と感動を国民に与えた」

 翁長雄志知事は9日、糸数陽一選手のリオ五輪での4位入賞について「県民はもとより、国民に大きな感動と元気を与えるもの」とたたえた。その上で「4年後の東京五輪でのメダル獲得に期待したい」とコメントした。