フィリピンと中国の関係修復に向けた動きから目が離せない。南シナ海の領海争いをめぐり、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国の主張を完全否定する判決を出してほぼ一月が過ぎた。この間、フィリピンは中国側を厳しく非難することはせず、対話の道筋を探っている。間合いをはかりながらじっくり駒を進めているようだ。

海上保安庁のヘリから八重山病院へ行く車両に乗り移る中国漁船の乗員ら=8月11日午後6時44分、石垣市真栄里

中国漁船乗組員の救助を行う第11管海上保安本部の職員=8月11日8時10分、魚釣島沖(第11管海上保安本部提供)

海上保安庁のヘリから八重山病院へ行く車両に乗り移る中国漁船の乗員ら=8月11日午後6時44分、石垣市真栄里 中国漁船乗組員の救助を行う第11管海上保安本部の職員=8月11日8時10分、魚釣島沖(第11管海上保安本部提供)

 フィリピンが動いたのは今月8日。ドゥテルテ大統領が対中交渉の特使として任命したラモス前大統領が香港を訪れ、中国要人と接触した。ラモス氏は香港空港でメディアを前に、「昔の友人と旧交を温めるために来た」と柔和な笑顔を見せていた。中国政府の報道官はラモス氏の訪問を歓迎する意向を示し、「南シナ海をめぐるフィリピンとの二国間交渉をスタートする最初の具体的な一歩となる。問題解決に向けた新たな章が始まる」と述べるなど、中国側も対話による解決を目指す考えをアピールした。

 香港では中国の元外務次官、駐フィリピン中国大使を歴任した全国人民代表大会(全人代=国会)外事委員会の傅瑩主任と会談。主に海洋資源の保全や密輸防止など7項目について意見交換した。両国の共同発表によると、「会議出席者は個人の立場で話し合い、国際社会の普遍的な友情、平和に向けた関係強化を確認した」としている。南シナ海問題で冷え切った両国の信頼醸成に向けた歩み寄りを国際社会にアピールした。

 会談で取り上げた他のトピックは、南シナ海での緊張回避、漁業振興の協力、観光分野における協力、貿易や投資の促進、麻薬対策などのほかに、政府間交渉とは別チャンネルで諸課題について話し合う有識者会議の設置などだった。ラモス氏は間もなく2回目の交渉がセットされるとの見通しを明らかにした。

 ラモス元大統領は対話重視の対中政策を推進していたこともあり、南シナ海問題で中国との交渉に前向きなドゥテルテ大統領が白羽の矢を立てた。元軍人のラモス氏は88歳、安全保障にも長じたうってつけの“交渉人”として期待されている。

 ドゥテルテ大統領は大統領選中には南シナ海で中国の人工島にジェットスキーで上陸する、と挑発的な発言を繰り返した。ところが今年6月30日に大統領に就任してからは態度を一変させ、領海問題で中国と和解に向けた交渉を進める意向を表明(7月17日)、フィリピン交通網整備に中国投資を呼び込む狙いを公言している。その具体的な一手がラモス特使の香港派遣だった。

 南シナ海をめぐる問題はあくまでも当事国同士で話し合うべきだ、と主張する中国は仲裁裁判所の判決には従わない方針だ。中国が国際ルールに背を向け、出口の見えないまま軍事的緊張が高まり、問題が硬直化すると懸念された。中国にとっても外交的に苦しい状況だ。なので、ここにきてフィリピン新政権が対話路線に舵を切ったことは中国には渡りに船だろう。

 南シナ海の問題は南沙諸島と呼ばれる小島、岩、環礁群を中国が一方的に軍事力で手中に収めたと思われがちだが、実際はそうじゃない。実効支配している島、岩、環礁の数はベトナムが20以上で最多、ついでフィリピン9、中国7、マレーシア5以上、台湾1というのが現状だ。文化大革命(1966~76年)など内政が揺れた中国は、南シナ海への進出が他国より大きく出遅れた。地下水が確保できるような比較的大きな島はすでに占有されており、どこも領有権を主張していない小さな岩、環礁を獲得した。確かにベトナムとの軍事衝突(1988年の南沙諸島海戦)で奪い取ったいくつかの岩礁はあるが、そこも満潮時には海面下に沈むような場所だった。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)は2002年に「南シナ海行動宣言」で南シナ海の現状維持を確認した。ところが関係国は実効支配する島、環礁での油田、天然ガス採掘を継続、建造物を増設、人を移住させるといった行動を続けた。中国は共同開発を呼びかけたものの、すでに設定された既得権を損なうことを懸念する関係国からそっぽを向かれた。中国が占有する7カ所で人工島建設に着手したのは2013年からだが、それが大規模で軍事利用が疑われるため、周辺諸国に不安が広がっている。

 中国側にしてみれば、なぜ他国と同じことをやって中国ばかりが非難されるのだ、という不満を抱いているかもしれない。南シナ海すべてに中国の主権が及ぶという大風呂敷を広げてはいるが、外交的にも軍事的にもその主張に実効性を持たせる具体的な手段があるわけでもない。さらに昨年10月から米海軍が「自由の航行作戦」と銘打って、中国の人工島周辺を米艦船が航行するようになり、主権侵害だと反発を強めている。そんな情勢下で仲裁裁判所が中国の領有権を完全否定したのだから、メンツ丸つぶれで、挙げた拳を下ろす場所を見失った状態だろう。

 米国や日本など第三者の介入を嫌う中国側にとっては、歩み寄ってきてくれたフィリピンとの交渉を成功させることで、「当事国間で交渉する」という従来方針の正当性を示しつつ、事態打開の糸口を探ることができる。遅れた社会資本整備に中国マネーを引き込みたいフィリピン。アジアの雄としてメンツを保ちたい中国。双方の利害が重なり合う。