沖縄の観光地として知られる那覇市の国際通りに面した土産店は2015年で176軒あり、1963年の5軒から171軒も増えていることが17日までに分かった。これは通り全体の店舗の62%を占める。那覇の歴史を取材している真栄田義勝さん(75)が国際通りをくまなく歩いて調査し、52年前と現在の移り変わりを初めて比較することができた。戦後、目覚ましく発展した“奇跡の1マイル”が、地元の人に愛された街から観光の街へと移り変わった足跡が見えた。(デジタル部・與那覇里子)

写真を拡大 「那覇市主要通り商工案内」に掲載された1963年の国際通り(那覇市歴史博物館提供)
写真を拡大 真栄田さんが作成した2015年の国際通り店舗の地図

 真栄田さんは2015年6月18日から7月18日にかけて国際通りを歩き、1軒1軒、店舗名と業態を地図に書き込んでいった。土産品店は、アクセサリーや香水などを扱う装飾品店が42軒、かりゆしウエアやTシャツなどを扱うオリジナルの衣料品店が39軒、お菓子や酒など、多彩なおみやげをそろえる店舗が31軒と続いた。土産店を除くと、食堂や食品加工の店が45軒、喫茶店が15軒、ホテル12軒で、コンビニや銀行、カラオケ店などは少数だった。

写真を拡大 2013年の国際通り(沖縄観光コンベンションビューロー提供)

 1963年の店舗は、那覇市歴史博物館に所蔵されている「那覇市主要通り商工案内」を元に調べた。最も多かったのは雑貨店で76軒、時計やメガネ店が49軒、衣料品、電化製品を取り扱う店がそれぞれ26軒、会社の事務所や書店、学用品を扱う店などは各22軒だった。ほかにも家具店や理髪店、病院、パチンコ店、デパート、映画館などがあり、現在の国際通りにはない地元の人向けの店が並んでいたことが分かる。

写真を拡大 山形屋屋上から1962年12月撮影
写真を拡大 真栄田さんが作成した1963年と2015年の店舗の比較

 真栄田さんは「63年はまだ観光立県を打ち出していなかった時代だったが、今は多くの観光客が通りを訪れる。商売人の集まる通りだから、時代のニーズに応えているのではないか」と分析。国際通り商店街振興組合連合会の砂川正信さんは「10年前はまだ6~7割の店舗を沖縄出身者が営業していた印象だが、本土や海外の企業が積極的に進出し、生き残るために競争が激しくなっている。観光客のニーズがなければ商売が成り立たない」と説明した。

 そもそも、なぜ真栄田さんは、国際通りの店舗調査をしているのか。