昭和初期の川柳作家、麻生路郎(じろう)が早世した長男の一周忌にこんな句を捧(ささ)げている。〈湯ざめするまでお前と話そ夢に来よ〉

▼(息子よ)夢に出ておいで、おしゃべりしよう。子を亡くした父親の辛(つら)く切ない思いがにじむ。悲しみを乗り越え、わが子の死を受け入れるには1年という時間でも短いのかもしれない

▼この2人の4カ月の心痛を想像すると、胸がつぶれる思いがする。4月の熊本地震で唯一の行方不明者となり、必死の捜索で見つかった遺体が「息子」だと判明した大学4年生、大和晃(ひかる)さん(22)のご両親のことである

▼わが子の死を覚悟した絶望の中で、県の陸上捜索の打ち切り後も独自で捜し続けてきた。失意の2人を支えてきたのは、全国から寄せられた励ましの手紙や声だったという

▼県警のDNA鑑定で身元が確認されたとの連絡に、父卓也さんは「やっと晃が家に帰って来られる。長い時間かかったがよかった」と気丈に振る舞った。でも、待ち焦がれた「再会」は、わが子の死という悲しい現実である

▼〈お父さんはネ覚束(おぼつか)なくも生きている〉。麻生路郎は息子を亡くした直後の喪失感をこう詠んでいる。時を経て、父卓也さんが〈湯ざめするまで…〉と言える日が来てほしい。その時、晃さんはきっと最初に口にするだろう。「捜してくれてありがとう」と。(稲嶺幸弘)