琉球舞踊を長年見続けてきた先輩が、真踊流の喜納幸子さんの古典男踊「高平良万歳」を「何とも言えない軽みがある」とたたえていた

▼「高平良万歳」は敵討ちにはやる心を隠しながら、悠々と京太郎芸を演じ、最後は敵を討つという内容。目に浮かぶのは、喜納さんが軽やかに京太郎芸を舞い、テンポよく切り込む姿である。キレとしなやかさを兼ね備えた妙味があった

▼師匠の真境名佳子家元の厳しい指導を受けるのを何度か見た。入門時は泣きながらけいこしたという。真境名家元の薫陶を受けた「諸屯」「伊野波節」「作田」などの古典女踊、雑踊も高い評価を受けた

▼真境名家元は近世琉球舞踊の名手といわれた玉城盛重師から舞踊を習得した。その芸と精神を伝承するため、終戦後間もなく、女性で初めて舞踊研究所を開き、喜納さんや同じく高弟の宮城幸子さんらを第一人者に育て上げた

▼戦時体制下の沖縄芸能への統制や沖縄戦で琉球舞踊は壊滅的な打撃を受けた。関係者の尽力で戦後、多くの女性舞踊家が輩出された。その一人である喜納さんの人生は芸能復興と発展の歩みと重なる

▼喜納さんは17日、膵臓(すいぞう)がんのため、74歳で亡くなった。真境名家元が盛重師の教えを喜納さんらに伝えたように、喜納さんの芸の神髄は弟子やその弟子の中で生き続ける。(与那原良彦)