新井白石の『南島志』を出版することは古書店開業以来の願望の一つであった。古書店を始めて最初に入手した古典籍が『中山伝信録』と『南島志』だったのである。程度も良く筋のいいこの本(教授館本)をベースに訳注を依頼したのは球陽研究会の嘉手納宗徳氏であったが、軽くあしらわれてしまった。

新井白石 南島志 現代語訳(榕樹書林・5033円)

 やがて『南島志』は、宜野湾市の資料館に入ったが、誰かやってくれる人がいるならば、という志は持ち続けていた。そのうち古書のお客さまとして入ってきたのが原田禹雄先生であった。先生は私の希望に「それでは私がやりましょう」と軽々と受け入れてくれたのである。これがその後続くこととなる原田先生との一連の仕事の端緒だったのだ。

 白石の『南島志』は著書としては広く知られてはいたが、刊本もなく明治も中頃になるまで活字化もされず、一般の人が読もうとしても困難な本であった。そのため琉球史がらみで白石が取り上げられる時は、往々にしてそのダイジェスト版にすぎない『琉球国事略』がもてはやされている状況であった。従って『南島志』の出版は近世琉球についての大和側の認識を探る上で大きな足がかりとなるものであった。

 白石についての研究書はたくさん出ているにもかかわらず、本書を刊行した頃は『南島志』を主題にしたものは1冊もなかった。本土の白石研究者にとって『南島志』は取るに足らない本だったのかもしれない。これを逆にとり、まだ先行研究がほとんどない、ということはこれは穴場ではないだろうか、と密(ひそ)かに期待して出版したのは1996年のことであった。

 琉球弧叢書(そうしょ)第2弾はこうして世に放たれた。しかしながら、もう既に20年余りにもなるが、まだ品切れにはなっていない。ただ本土の方からの注文が時折あり、結局、叢書の中では数少ない残部僅少本となっている。(武石和実・榕樹書林代表)