■ピザ職人・玉城翼さん

 食通にはたまらない街、麻布十番にある「ピッツァ・ストラーダ」。夕方の開店から客がひっきりなしの超人気店だ。

オリジナルの「ピッツァ・タマキ」を手に、「世界の定番にしたい」と語る玉城さん=東京・麻布十番の「ピッツァ・ストラーダ」

 「ここが僕が活躍するステージ」。鋼鉄の窯の前で、手際よく生地を伸ばし、具材を乗せると、燃え上がる窯の中にシュッと塩を一振りし、ピザを投入した。

 焼き時間は1分。窯の温度に気を集中し、ベストな焼け具合を見極める。「この1分に、職人のフィーリングやセンス、努力が表れる。一本勝負なんです」

 ミシュランのグルメガイド東京に3年連続で掲載、全国放送でも取り上げられた。腕も味もお墨付きで、今の店も、うまさにほれた外資系投資家らの出資を受けて、スタートしている。

 高校卒業後、大阪の専門学校で設計を学び、一度は帰郷し就職した。しかし、いとこで腹話術師のいっこく堂さんに刺激を受け、芸能界入りを強く志望、2001年に上京した。

 バイト先のつてで紹介されたのが、こわもて俳優の故安岡力也さんだった。付き人の仕事は“過酷”だった。仕事の管理、身辺の世話を全てこなした。それも無給。時には「かわいがり」でボコボコにされたことも。が、辞めたいと思ったことはない。「途中で諦めるのが一番嫌いで、力也さんのことが大好きだった」。芯は相当強そうだ。

 力也さんが06年に難病で入院したことが転機に。もう一つ挑戦したかったピザ職人を目指した。ナポリピッツァのパイオニア「サヴォイ」で腕を磨いた。人に見せない懸命な努力を重ね、店長まで勤め上げた。そこで顧客だった投資家に見初められた。

 独自メニューに「ピッツァ・タマキ」がある。評判は抜群。世界中で食べられる定番メニューにすることが夢だ。「このピッツァ、日本人の玉城が作ったんだ、と語り継がれたい。野望です」。ビジョンの実現へ絶対、諦めない。(東京報道部・宮城栄作)=連載・アクロス沖縄

 たまき・つばさ 1979年、沖縄市生まれ。県内の高校、大阪の専門学校を経て、2000年に県内で設計事務所に就職。01年に上京し、故安岡力也さんの付き人を6年務めた。その後、ピザ職人の修行を積み、11年に独立。食材に県産の塩なども取り入れ、故郷への思いも強い。