■国道で祈る人たちの写真を見た

被害者の遺体発見現場の近くにはたくさんの花や飲み物が供えられた

 「沖縄と共に悲しんでいます」「沖縄のためにお祈りしています」というパネルを持ち国道に立つ、米軍人、軍属含む外国人たちの写真がタイムラインに並び、それに共感した「いいね」「シェア」「リツイート」してる人たちが何万人もいて驚いた。

 それだけ「他人の痛み」を感じる事ができる心優しい人たちよ、あと何百歩も手前から想像してみてほしい。

 日常生活の中で突然命を奪われた被害者の家族や、突然家族が「犯人」になってしまった人たちは、今どう思っているだろうか。そのお隣に住む人は? 親戚は? 同じ町に住む人は? 同級生は? 過去に米兵や米軍属に家族の命を奪われた人は? 過去にレイプされたけど誰にも言えないままの人は?

■何度も繰り返される事件で何度もえぐられる傷

 私は5月20日と25日嘉手納基地第1ゲート前の抗議集会で、自分の意志はもちろんだが、IWJ(ジャーナリスト岩上安身氏が設立したインターネット報道メディア)の取材も兼ねて、カメラを回していた。うるま市でインターンしている女子大学生が「被害者は私だったかもしれない」と言った時、そして私の目の前のおばさんが基地に向かって「○○を返せ!」と被害者女性の名前を叫んだ時、もう我慢できなくなって嗚咽してしまった。

 事件が起きたうるま市では1959年、宮森小学校に米軍機が墜落した。パイロットはパラシュートで脱出し、墜落した学校と周辺で子供11人を含む多くの命が奪われた。事故の慰霊碑には、50年以上過ぎた今も多くの人が手を合わせに訪れる。被害者の家族だけでなく、当時の友達、その子供、孫、親戚だけじゃない。事件を知る人たちは皆、おじいちゃんの同級生の事だからとか親戚が含まれるから悲しいとかいって泣いているわけではない。当事者か血縁かなど関係なく、この痛みを「我が事」として悼む人たちが、泣きながらお参りに来ていると思う。それと、今回の事件で「由美子ちゃん事件」を思い出した人も少なくない。1955年、小さな女の子が米兵に拉致され、レイプされ、殺され、ゴミ捨て場に捨てられた事件だ。そして近年では1995年に小学生の女の子を3人の米兵がレイプした事件が引き金となり、怒りの限界に達した沖縄県民が「米軍基地の整理縮小」へと日米両政府を動かしたが、現在も「普天間」「辺野古」の問題は続いている。

 今挙げたたった3つの凶悪事件だけでも、情報を間違わないようにいろいろ調べている内に、その当時の新聞記事の生々しい描写に目を背けたくなり、復帰後の44年で殺人・強盗・強姦などの凶悪事件が「基地の外」で「発覚しているものだけ」で600件近くもある事に吐き気がした。米軍統治下ではなく日本国に属する「沖縄県」になってからの事件だけでこの数。レイプされた事や妊娠・出産・堕胎を言えずに 、言えないまま今も苦しむ人はその数に入っていない。その度に被害者の家族や親戚だけでなく「私の娘を返せ!」と「我が事」として悲しみ、怒り、抗議してきた人たちが、思い出したくもない過去の傷の痛みや恐怖を再びえぐられながら、今もゲート前に立って「娘を返せ!」と訴えているのだ。

■「祈り」にぶら下がる「批判」違和感の塊

 一方、「悲しんでいます」「祈っています」と国道でパネルを掲げる外国人の方々が、なぜその祈りを家や教会でなく国道で掲げる事にしたのか、誰に対してどのような思いを伝えたかったのか、そしてなぜ、あの1日だけだったのか、(他の日にも他の場所でも、どなたか見かけられましたか?)そこは調べても「県民と共感する」という事以外、ほとんど出てこなかったので、機会があればご本人たちに聞かないと分からないし、その祈りを否定する気もない。

 しかし彼らに共感したからといって、そのリツイートやシェアにぶら下がって、ゲート前で被害者側に立ち「我が事」として抗議している人たちに対して、ネット上で「たった1人の犯罪者を米軍属とひとくくりにするな」「過去の事件と結びつけるな」「政治利用するな」と批判する人たちに、とても大きな違和感と怒りを覚えずにいられなかった。これまでの歴史について無知なのか、無視なのか、言葉にしようとすると怒りが暴走しそうで、私はどうにか「伝わる言葉」で書こうとしたが難しくて、今日まで時間がかかってしまった。

■自分こそが「被害者」「加害者」「当事者」であるという自覚

 まず、被害者となった「私たちの娘」の為に、ただただどうしようもなく、ひたすら祈って下さる皆さんには感謝したい 。その方々の祈りが純粋なものであるという事を信じて。

 それでも私は、これまで何十年も、何百回も、「私たちの娘」が何度も何度も犯され、殺され、傷ついてきた人達の思いに寄り添いたい。ゲート前で抗議している人の中には、基地近くの社交街でお店を営んでいたお母さんを米兵に殺された人、戦争中に目の前で米兵に親兄弟を殺されたご老人、10代の頃に米兵に暴行された事を3年前まで言えなかったという60代ぐらいの女性もいた。ここまで「当事者」として、そして更にその後の事件の度に被害者と共に「我が事として」何度も何度も心の傷をえぐられ苦しみ悲しんで抗議してきて、今また事件は繰り返され、のれんに腕押しで改善されないまま、「再発を止められなかったのは私たちの力不足のせい」と自責の念に苦しみ、それでもまた諦めず抗議せねばならない人々に対して、今ネット上で「たった1人の犯罪者の事件を、基地撤去に結びつけるなんて極端だ、政治利用だ」という人へ、何と言えば伝わるのだろうと悩み悶々としてきた所に、友人がフェイスブックに書いていた記事がとてもしっくり来たので、本人に許可を得て引用する。

例えば1000人程働く会社があったとしよう。

ある日その会社の従業員の1人が事件を起こし逮捕され、会社も管理責任を問われた。

会社は『綱紀粛正と再発防止の徹底』を約束したが、その時、会社で働く人を知る周囲の人々は「事件を起こしたのは〝特別な人間〟で、他の人達は皆良い人ばかり。会社そのものの責任を問うのは筋違いだ」と擁護する声も大きかった。

周囲では「そうだ、そうだ」と納得する人もいた。

しかし、それからしばらくしてまたその会社の従業員が事件を起こし逮捕された。

その時も会社は『綱紀粛正、再発防止』を約束。周囲の人もまた、「組織が大きいのだからそんな人も会社にはいるだろう」と言った。

ところがその数ヶ月後、またもや、同じ会社の従業員が逮捕される事態になった。それでも『会社の責任』は問われないのか。

沖縄の戦後71年の歴史とはその繰り返しなのだ。(引用終わり)

 仮に沖縄にいる米軍基地を「A社」としてみよう。A社による凶悪事件が、44年間で「明るみに出ているだけ」で600件も起きたら、それは批判どころではすまない。そんな会社が隣にあったら、本社でも支社でも、全部なくなってほしいと思うのではないだろうか? それさえも解決になるとは思えないけど、「またA社か!」と言われるのは当然ではないか。もはや自分もA社だとは名乗れない人も出てきてもおかしくない。ましてやその事件は「深夜」でも「飲酒」でもなかったのに、対応策は「深夜の飲酒禁止」、その直後に「深夜の飲酒運転で逆走事故」…この期に及んで、A社トップによる「綱紀粛正」を今さら信じたり、みんな悪い人ではないのに…と擁護したりする人がいるだろうか?

 「鶏肉の産地偽装」でも「研究結果改ざんの疑惑」でも、その会社やその組織の社員、パート、下請け、「みんなが悪い人じゃない」のに、直接被害受けたわけでもない人達が、ネット上でどこまでも叩き続け、追い込んだ。なのに、なぜこんな凶悪な事件をたくさん起こしている組織に対して、直接被害を受けてきた人達の「抗議」が批判されなければならないのだろう?

 そして、A社の社員だからこそ悼み、祈る人もいるだろう。「我が事」として心から苦しみ、辞めてしまう人もいるかもしれない。掲げているパネルには「怒り」や「お詫び」という言葉は見あたらなかったけど、部下や同僚や先輩や友人が起こした重すぎる罪に対して、本気で怒っている人や、お詫びしたいという人もいるかもしれない。その悲しみや怒りが動機となった純粋な祈りを捧げる人たちが、ゲート前で抗議している県民と同じ思いで「共に怒り」「共に悲しんで」国道に立っているとしたら、「米軍みんな悪い人じゃないのに、あの抗議してる人たちは、米軍みんなを悪者にしてひどい」というコメントが勝手に広まっていったら、「違うよ、あの犯人は私たち米軍人・軍属の恥だ。だから、私たちは県民と同じく怒り、悲しんで、詫びたいんだよ、県民を批判する為に立っているんじゃないよ。ゲート前で怒り悲しむ県民と対立を煽るようなコメントは止めてくれ」という人もいるのではないか?と探したけど、残念ながら私にはそのようなコメント返しは見つけきれなかった。それどころか、現役の国会議員や行政区の首長までもが、一部新聞でも報道されているにもかかわらず「なぜマスコミは報道しない」とし、それに対する批判に訂正はしつつも削除していない。「政治利用」しているのは誰か?と聞きたい。

 そんなやり場のない思いが、世界中で真の平和の為に活動をしている退役軍人の会「Veterans for Peace(VFP)」が6月9日に発表した声明文によって救われた。声明はまさに「加害者の自覚」を持ち「我が事」として、「悲しみ」「憤り」「恥」という言葉を含む弔辞から始まっていた。軍人としての経験を持つ彼らの言葉が、このように書かれていた。

 声明文では、日米両政府が繰り返す「再発防止」が政治的パフォーマンスに過ぎず説得力がないと批判。また、軍人は良き隣人であるのと同時に軍人として「効果的な殺人者」となるよう教育される矛盾を抱えているとし、日ごろから非公式に演習場や酒場で「命や女性を軽視する考えが軍曹から伝えられている」と指摘した。(6月9日沖縄タイムスプラス)

 更に「とにかく基地内に逃げ込めば裁かれない」と米兵たちに思わせてしまっている不条理な地位協定の改善を求めた所、今後「軍属」に該当する枠を小さくするというのは、枠内にいる人間の綱紀粛正を強める事ではなく、「もしまた事件が起こったら、枠外の人間は日本で裁いていいよ」というだけの、責任逃れ以外の何物でもないのではないか。

■「奪われた命」を前にした悲しみと怒り、祈りと抗議

 この事件で、最も悲しみ、最も悼み、最も怒り、そして誰よりも心から祈り、渾身の抗議をしたい思いでいるのは、ご遺族ではないか。

 では、「祈り」と「抗議」を対立構造に見せようとしているのは誰か。

 「これまでも米軍人、軍属の事件があったにもかかわらず、また被害者が出た。もう我慢できない。基地全面撤去、辺野古新基地建設反対を願っている。沖縄県民の気持ちが一つになれば可能だと思っている」(5月27日沖縄タイムス)とおっしゃったご遺族に対して「米軍属だからってひとくくりにするな」「沖縄県民の犯罪と比べて○%しかないのに」「政治利用するな」と言えるだろうか? 同じ事件が起きない為に、繰り返されない為に、今やるべき事はそんな対立をあおる事ではない。あなたの家族が、ある日突然被害者に、または加害者になるかもしれない。もう二度と繰り返させない為に、私たちが今やるべき事、できる事は何か。

■良き隣人よ、殺すな、殺されるな

 私たちの隣人である「軍隊」という組織は、そこに所属する人達がどんなに素晴らしい人格で、どんなに素晴らしい活動をしていたとしても、「軍隊」は「ボランティア掃除団体」でも「災害救助隊」でも「パーティー集団」でもなく、「人を人と思う心を殺し、人を殺す為の訓練を職業としているプロ組織」であるという事は、紛れもない事実である事は再確認認識しておくべきだと思う。こんなに優しい人がどうして戦地に行ったら子どもたちまでも撃てるようになるのか? それを知るには「ONE SHOT ONE KILL」「アメリカばんざい」という映画を見てほしい。普通の青年が軍隊に入り、ブートキャンプ中に最初に殺すのは「自分の心」。

 私たちはライブハウスやバーや海岸で出会ったロックやパンクスやパーティ好きの20歳前後の「良き隣人」たちを、1950年代は朝鮮戦争、60年代はベトナム戦争、90年は湾岸戦争、2003年イラク戦争に、「みんな悪い人じゃないのに」戦地に送り出してしまった「加害者」として、1人でも多く、生きて国に返したい。

「君死にたもうことなかれ」

I want you to come back home ALIVE!!

 保革を超えて、国籍や肌の色を超えて、海兵隊員も、米軍属も、6月19日(日)午後2時から奥武山陸上競技場で開催される県民大会に参加してほしいと思う。

KEN子(けんこ)ミュージシャン

音楽レーベル「クラップハンズ」主宰。1993年〜県内のインディーズバンドを応援するイベントやオムニバスCDを全国展開でプロデュース。2007年~「PeaceMusicFesta!」実行委員参加をキッカケに、辺野古、泡瀬干潟、高江など沖縄の環境問題をはじめ、青森県大間、六ヶ所、山口県上関など原発問題を抱える場所や、高尾山(東京)、諫早湾(長崎)、八ッ場ダム(群馬)など全国の環境問題の現場に足を運び、トークライブやコラム、webなどで伝える&行動する「沖縄エコ番長」。沖縄空手道二段、スイス、アメリカ、NZに通訳と演武指導等で遠征。「ClapHands!!HP→ http://www.claphands2.com/

KEN子ブログ→ http://kenkokenko.ti-da.net