米軍犯罪に脅かされ続ける沖縄に終止符を-。島に暮らす人々や事件・事故の被害者は、絶えずこの「問い」を投げ掛け、明快な「答え」を手にしないままだ。またしても起きた元米兵暴行殺人事件を受けて19日に開かれる県民大会。これで最後にしてほしい。切実で揺るがぬ沖縄の願いを発信する。

猛暑の中、多くの県民が詰め掛けている県民大会=6月19日午後1時55分、奥武山陸上競技場

 「ずっと変わらない沖縄。人間扱いされず、悔しさでいっぱいです」。高校生の時、米兵3人から性暴力被害に遭った富田由美さん(仮名)(49)が18日、本紙取材に応じた。

 あまりの悲惨な体験に高校卒業後すぐ、県外に移り住んだ。米兵に連れ去られる時、実家前の道路を通った。体験を思い出して実家にいられない。県内に戻った今もだ。背後に誰か立つだけで動悸(どうき)がする。自身に重なる米軍事件が明るみに出るたび当時に引き戻され、目まいや不眠が続く。

 被害当時、警察に訴えることができなかった。「私が届け出ていれば防げた事件があったかも」。自責の念から、思いを少しずつ語り始めた。思い出したくないことを話すのに抵抗はある。今も体験をつぶさに話せない。でも「被害者の実情を知ってほしい」。黙っていられなかった。

 米兵による強制わいせつ事件が起きた2005年には「二度と被害を出したくない」との思いで、稲嶺恵一知事(当時)に手紙を書いた。しかし、また事件が起きた。幾度も、幾度も繰り返される事件。当時の自分自身のように沈黙し、表に出なかった事件も無数にある、と確信する。「今度こそ戦争や基地につながるものがない、命の脅かされない沖縄になってほしい」。19日は、夫と共に県民大会へ足を運ぶ。

■稲嶺知事(当時)宛ての公開書簡

 いったいいつまでこんなことが続くのでしょうか。いったい何人の女性が犠牲になれば、気がすむのでしょうか?

 私は被害者の一人として訴えます。私は、高校2年生のときに米兵によるレイプを受けました。学校帰りにナイフで脅され、自宅近くの公園に連れ込まれ3人の米兵にレイプされたのです。本当に怖かった。「もう終わりだ、自分は死ぬのだ」と思いました。何度叫ぼうとしても声も出せずにいました。そのとき米兵は「I can kill you」と言いました。「殺すぞ」ではなく、「殺せるぞ」と言ったのです。

 あれから20年以上の月日が流れたいまでも、私は事件による心の傷に苦しんでいます。被害者にとって、時の長さは関係ありません。被害を受けたその瞬間から命の尽きるまで、まるで寄せくる波のように苦しみが押し寄せてくるのです。それは穏やかな波のようなときもあれば、嵐のように荒れ狂うときもあります。しかし、心の傷がなくなることはないのです。

 稲嶺知事、こんなにも多くの被害が起こる原因は何でしょうか。私達「被害者」が、「沖縄人」がいったい何をしたというのでしょうか。基地があると言うだけで、朝から子どもを遊びに出すこともできないことが、私達の望む沖縄の姿なのでしょうか。

 米兵達は今日も我が物顔で、私達の島を何の制限もされずに歩いています。仕事として「人殺しの術」を学び、訓練している米兵達が、です。稲嶺知事、一日も早く基地をなくして下さい。沖縄はアメリカ・米軍のために存在しているのではありません。

 被害者として 富田由美(仮名)

※肩書きは2005年当時のまま