沖縄県の粟国空港で第一航空(大阪府)の機体が着陸事故を起こしてから28日で1年になる。乗客14人のうち11人が負傷。このうちの1人、沖縄本島南部の男性(53)は今も腕や肩がしびれ、通院を続けている。事故の恐怖心はいまだ拭えず、来夏の運航再開を考えている同社に「どんな安全策を立てているのか、それを実行できるのか、分からない。再開しても私は乗れない」と不信感を抱く。(南部報道部・堀川幸太郎)

粟国空港事故から1年が経つ現在も、左肩を中心にしびれが後遺症として残ると語る当時の乗客男性=8月、本島南部

事故の翌日、滑走路を逸脱した機体を調べる航空事故調査官や警察官ら=2015年8月29日午後、粟国空港

粟国空港事故から1年が経つ現在も、左肩を中心にしびれが後遺症として残ると語る当時の乗客男性=8月、本島南部 事故の翌日、滑走路を逸脱した機体を調べる航空事故調査官や警察官ら=2015年8月29日午後、粟国空港

 2015年の旧盆ウークイに当たる8月28日に事故は起きた。帰省先の島に着陸すると同時に「ガン」と大きな音が響き、強い衝撃に見舞われた。誰かが「伏せろ」と叫んだ瞬間に体をかがめた記憶は「今でも忘れられない」。体をぶつけた覚えはないが、数日後、指のしびれに気づいた。

 「腕をバレーボールのサポーターで締め上げたような」違和感も出た。車の運転などで30分以上、同じ姿勢でいると症状が強まる。肩までしびれ、頭も痛い。痛み止めを飲んでも今まで通りには働けなくなった。

 元通りの体に戻るのか不安は強い。負傷した乗客の中には、治療が長引けば第一航空との補償交渉に響くのでは、と心配し、体の一部が思い通り動かなくなったまま通院を切り上げ、示談に応じた人もいる。説明の要求や補償交渉をする「被害者の会」をつくる話も出たが立ち消えになった。「皆、事故を思い出すのも嫌」だからだ。

 事故の2カ月後、第一航空が過失を認めて謝った説明会に出たが、社長や操縦士は不在。後に訪れた社長の謝罪も受けたが「謝ったのは事故か、説明会に姿を見せなかったことか。分からない」と印象は薄い。

 機体操作の運航規定違反、人的ミスとした国の調査報告書案など、事故を巡る「事実」は新聞で知った。まだ同社から直接の説明はない。「本気で安全を考えているとは思えない」と疑念は募る。「再開しても私は乗らない。もう乗れない。身内にも友人にも勧めない」

 第一航空によると、8月25日時点で、負傷した11人のうち9人と示談済み。保険会社が対応し、男性を含めた残り2人について、後遺症と認めるか判定する段階にある。運航再開は来年7月ごろと考え、詳細な運航スケジュールなどが固まり次第、同5月にも粟国村の住民向けに安全対策などと併せて説明会を開く意向という。