沖縄の米軍基地をめぐる日米両政府の相互作用に関する新しい研究成果が登場した。著者は、日米外交史の気鋭の学者である。これまで資料的な制約から研究の空白だった1970年代・80年代を対象として、在日米軍基地をめぐる両政府間のやりとりを叙述する。歴史研究の特徴である文書資料に基づく徹底した研究である。

「沖縄返還後の日米安保 米軍基地をめぐる相克」(吉川弘文館・6264円)/のぞえ・ふみあき 1984年滋賀県生まれ。2012年一橋大大学院博士課程修了。沖縄国際大准教授。共著に「沖縄と海兵隊-駐留の歴史的展開」

 本書は、前方展開の維持か縮小かで揺れる米政府内の動きを縦糸にして、米軍プレゼンスを不可欠としつつも沖縄の負担軽減に配慮する日本政府の動きを横糸にした、「日米沖」という「三者関係」の歴史を描く。ベトナム戦争「後」の米軍再編の一環である在日米軍基地削減を分析対象とする。

 第1章では、基地削減の背景となる沖縄の施政権返還への道のりが描かれる。第2章で、沖縄返還協定交渉が取り上げられる。ここまでは、従来の研究に支えられる。本書の中核と呼べるのが、時系列に並ぶ第3章から第5章である。まずは軍事的考慮、つぎに政治的考慮、さらに財政的考慮に基づいて日米両政府が基地の削減と維持の道標を刻んでいく過程を描き出す。その合間にあって、沖縄の政治的要求が、両政府のそれぞれの意図に組み込まれていく。その結果、本書は日本政府の果たした役割を浮かび上がらせる。

 こうした歴史研究は、同じ資料を使って進められる政策決定や政策形成の研究(政治学の分野)とは異なる。政治学者は、「決定」されたこと、「実施」されたことに注目する。対し、歴史家は「決定」に至らず実現しなかったこと(可能性だけの存在)にも注目する。歴史研究の視点は、一度だけの特異な現象だと過去を捉える傾向にある。政治学研究の多くは、現象のなかで繰り返し観察されること、特定の現象を引き起こす条件などに関心を抱く。

 政治学者の目に本書は、決定されなかった削減計画案を重視すべきなのかどうか、その条件の分析が乏しく映る。「日米沖」の中で、日米両政府と同じように沖縄を扱えるのかどうかの吟味が足りないと思う。しかし、日本政府の役割は米国のさじ加減の中にしか存在しえない、と学べたことは収穫である。(我部政明・琉球大教授)