重度の障がいがありながら地域の小学校に通う女の子を取材したことがある。
 歩くことも話すこともできず、生活のすべてにおいて介助が必要な児童への対応に戸惑う教育委員会や学校関係者をよそに、級友たちの振る舞いはごく自然だった。
 車いすのタイヤにぞうきんを結び一緒に掃除をしたり、目の高さに合わせてしゃがんで本を読んだり、クラスの係決めではリモコンを押すテレビ係に任命するなど、大人が考えつかない方法や工夫で上手にコミュニケーションをとっていた。
 女の子は声の代わりに、目の動きやしぐさで感情を表した。「顔を見れば、何を考えているか分かる」と話した男の子の言葉が印象に残っている。
 相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害され、27人が負傷した事件から1カ月余りがたった。
 「障がい者は生きていても仕方がない」という容疑者の身勝手な主張は、今も当事者や家族の心に澱(おり)となって残っている。
 「意思疎通できない人たちを刺した」といった内容が事件の動機として伝わるが、あまりに一方的で短絡的だ。
 障がい者施設で働きながら、入所者と言葉によるコミュニケーションを超えた深い関係を築くことができなかったのは、人としての未熟さゆえんである。
 容疑者が障がい者の人権を軽視する差別思想を膨らませていった背景に迫り、事件の全容解明につなげたい。
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 これほどあからさまではないにしても「障がい者はかわいそう。家族も気の毒だ」という考えが、私たちの社会に根を下ろしてはいないか。
 戦後最悪といわれる犠牲者を出した凶悪事件にもかかわらず、今回、亡くなった19人の氏名は公表されていない。
 神経筋疾患ネットワークや日本障害者協議会などは「一人一人、積み重ねてきた歴史があり、人とのつながりがあった。その存在が消されたように思えてならない」「一人一人の死を悼みにくく、強い違和感を覚える」と匿名扱いに異を唱えている。
 神奈川県警は事件で深く傷ついた遺族の要望とするが、そう望む背後に障がい者への偏見があることを理解すべきだ。
 遺族へのケアが大切な時でもある。怒りや悲しみを押し殺し、沈黙せざるを得ない状況も変えていかなければならない。
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 事件当時、やまゆり園には食事や排せつ、入浴などの介助を必要とする150人ほどが入所していた。平均在園年数は約18年という。
 国は障がい者が暮らす場を施設からグループホームなど地域へと移す政策をとっている。しかし現実には十分なサービスが提供できず、全国で13万人余りが、やまゆり園のような施設で生活している。
 1981年の国際障害者年に発表された行動計画には「障がい者を締め出すような社会は弱く脆(もろ)い」とうたわれている。根本的な問題にも向き合う必要がある。