記事が偏っているのではないか-。そう問われた記者は、紙面で答えた。

現代思潮新社・1、2巻各1728円/取材・執筆者は桐生勇、佐野克之、田崎基、北川文、織田匠、佐藤将人、柏尾安希子、斉藤大起、松島佳子、石橋学、西村綾乃、蓮見朱加、田中大樹、成田洋樹の14氏。シリーズは神奈川新聞で継続中

 「偏っていますが、何か」

 権力批判こそが新聞の役割の一つなのだから、読み手によってはそう受け取られることもあるだろうし、そもそも偏っていない記事などあるのかと、記者は逆に問いかける。

 安っぽい挑発とは違う。本書の元となる神奈川新聞の連載企画を貫くのは、余計な遠慮も忖度(そんたく)も、あるいは安易な妥協も抜きにした、記者のヒリヒリするような“覚悟”だ。

 時代はいま、排他と差別の気分に満ちている。戦後という時間を否定し、「新しい戦前」を目指す動きが活発化している。安全保障は暴走した。復古調の教科書も登場した。在日米軍基地の押し付けに反対する人々は「売国奴」と罵(ののし)られ、外国籍住民に対するヘイトスピーチは止まらない。真に記者であるならば、そんな時代と添い寝している暇などないはずだ。その危機感が、こうした現場へ取材班を走らせる。抗(あらが)う人々の中に、抑圧の路上に。それぞれの風景をていねいに描写しながら、抵抗の言葉を積み重ねていく。そして記者のひとりは訴える。「絶望は声を上げなくなったときにやってくる」

 メディアの悪癖ともいうべき“両論併記”を排した姿勢が胸を打つ。「ジャーナリズムの役割とは、突き詰めれば、戦争を食い止めることだ」。その立ち位置から一歩も動くことはない。

 本書の書き手たちとは、私も取材現場で顔を合わせることが多い。そのうちの一人に「会社の内外から風当たりは強くないか」と尋ねたことがある。即座に答えが返ってきた。

 「風も空気も読まない。本当は、どこの新聞記者であっても、みながそうあるべきだと思う。そうすることで、もっと新聞が面白くなる」

 軸足を持った記者は違う。

 以前、沖縄の新聞記者たちを取材した時にも同じものを感じた。書くことの使命を抱えた記者の言葉は生きている。記事が生きている。鼓動と息づかいが響いてくる。自分が書かずに誰が書くというのだ、という強い思いが伝わってくるのだ。(安田浩一・ジャーナリスト)