本書は、東アジア共同体研究所のニュースマガジン連載の「沖縄ノート」を同研究所2周年記念で刊行したもの。県内のさまざまな現場で直接に見聞きしたことを、「全国に実況中継の気持ちで書いた」というだけにわかりやすい語り口だ。

花伝社・1620円/おがた・おさむ 1946年生まれ。中央大卒。文化放送プロデューサー、沖縄大教授、同大地域研究所所長を経て、現在NPOアジアクラブ理事長、東アジア共同体研究所琉球沖縄センター長。「燦々オキナワ」など著書多数

 琉球孤世界遺産学会事務局長としての奄美・琉球の世界自然遺産登録問題。琉米・琉仏・琉蘭修好条約の意義。瀬長亀次郎の闘志を伝える「不屈館」紹介。沖縄映像祭でのビキニ被爆の中でさりげなく指摘される沖縄被爆問題。現在の辺野古新基地の動向など、内容は実に多彩だ。戦後70年の終わりのない沖縄の戦後史、緊迫する沖縄の現状をビビットに伝える最新の沖縄リポートとなっている。

 なかでも、70年目の「沖縄戦を知るピースウォーキング」への参加ルポ、「がまふやー」の現場取材で知る沖縄戦への思い、摩文仁の「黎明之塔」への視点は痛烈である。沖縄戦は現在の辺野古問題の原点との認識がそこには伺(うかが)える。最近は嫌韓本、嫌中本に続いて心ない沖縄ヘイト本が出回るようになっているが、それだけに随所に出てくるピリッとした日本の状況批判は小気味がいい。

 それにしても書名が意味深長だ。一体、沖縄はどこに向かって歩きはじめたというのか。著者は最終章に1926年(大正15年)の作家広津和郎の『さまよえる琉球人』問題を置く。沖縄への差別に抗議した沖縄青年同盟に応え広津が絶版とした事件だ。著者はこの事件に、日本の沖縄への植民地主義と沖縄の抵抗を再確認し、「米国の従属国である日本、さらにその日本から差別されたような沖縄」と指摘しながらも、「沖縄は琉球以来の免疫力が働いており、これ以上浸食出来ないかもしれない」ともいう。

 そこには、大和政府への怒りとともに、東西の文献引用が示唆するように、沖縄が人類史の未来-世界史的普遍性をめざして歩きはじめているのだという確信と期待が込められているのだろう。(真栄里泰山・沖縄大客員教授)