本書は、沖縄タイムス文芸叢書(そうしょ)の中の1冊で、玉代勢章の初の作品集である。巻頭を「希望・勇気」の詩で飾り、「母、狂う」と、「瑠璃子ちゃんがいなくなって」と、「遺された油絵」の3編の小説が収録されている。

「母、狂う」沖縄タイムス社・756円/たまよせ・あきら 1947年、那覇市生まれ。一橋大卒。小説家。沖縄タイムスで「沖縄文芸批評 小説の現在」を執筆中

 第29回新沖縄文学賞受賞作の「母、狂う」は、離れて暮らしながら母親の世話をしている息子が、不意に襲った母親の認知症に振り回される様子を描いている。母親の狂態に接して、自分の方が正常ではないのではと疑う主人公の内面が、短いセンテンスで畳み掛ける独特な文体と方法が力強くて、読者を引き込む魅力的な作品である。

 「ぼくはほうけた母をいとおしいと思った。ほうけている、ほうけていない、にどのような意味があるのだろうか。なんの意味もない。ほうけていいんだ。母は正しい。ぼくの眼から涙が溢れ出た」

 母親の変調を確信した主人公は受け入れようと自問するが、認知症の介護は思い通りにはいかない。

 「瑠璃子ちゃんがいなくなって」は、小学1年生の瑠璃子ちゃんが行方不明になったことから、周りの人々のいろんな思惑が炙(あぶ)り出される奇妙な味わいの作品である。

 名桜大学主催のコンクール短編小説部門最優秀賞受賞作の「遺された油絵」は、40年間も音信のなかった友人の告別式の広告に、友人代表としてぼくの名前が出ていることから物語は始まる。

 高校の同級生だったぼくと道彦は復帰前に国費留学生として東京の同じ大学に進学し同じアパートで暮らす仲だった。2人はアジア歴史思想研究会の政治組織である学生セクトに参加し、日米軍事同盟反対やベトナム戦争反対などの学生運動にのめり込んでいった。

 ある公安事件で2人は逮捕監禁され、ぼくは思想信条を貫き通して投獄されるが、道彦は謝罪し、転向を誓って釈放された。その時から2人の人生の歯車が狂い始めた。男の友情と反目を硬質な筆致で描いて読者を惹(ひ)き付ける。3作とも斬新な発想と優れた構想力で読み応えのある作品集である。(美里敏則・小説家)