近世期の書物を扱うようになって久しいが、琉球の書物について様々(さまざま)な疑問があった。琉球人の著作で版本として刊行された本はどのような形で刊行されたのか? あるいは、琉球の陰の支配者たる薩摩の刊行書にチラリチラリとあらわれる琉球の影はどういうことを意味しているのか、等々である。

「博物学と書物の東アジア」榕樹書林・5184円

 これらの領域に関する沖縄側の研究は蓄積が少なく、むしろ本土の研究者による論考が目を引くのだが、当社で刊行した『訳注 質問本草』の書誌的解題を引き受けて頂いた高津孝先生はその道の第一人者である。

 『質問本草』をはじめ、同時期の薩摩藩の刊行書、とりわけ藩主・島津重豪(しげひで)が関わる書物には琉球との関連を伺(うかが)うことができるものが少なくない。それはどのような経路と関係性の中で成立していたのか、等々をよりはっきりとした形で示した論稿を、という希望を形にしたのが本書だった。

 私はかねて琉球と薩摩の文化的関係、あるいは江戸立(だち)等を通して大和文化に対する琉球文化の影響ということに興味があったので、まずは書物の世界で取り上げてみたかったのである。

 琉球近世の出版ということでよく話題に上る「琉球版」についても同様で、まだまだその全容は定かではないが、近世の教育テキストである四書五経の多くが琉球版として刊行されていたことや、中国で版を作って琉球で印刷していたものもあったようだ、など随分分かってきたこともある。

 本書ではそれらの疑問についての最新の知見が提供され、琉球が東アジアの知識人ネットワークの一つの要石にあったことが示唆されるのである。薩摩の文化的偉業ともいうべき幕末期の出版事業は琉球との関係性なしには成り立たなかったのだ。文化的影響という点で捉えるならば薩摩が琉球に与えた影響よりも琉球が薩摩に与えた影響の方がはるかに大きいのではないのかと思うのである。(武石和実・榕樹書林代表)