修理不可能と別の店で断られた靴が、職人技でよみがえった-。本紙8月21日付オピニオン欄の投稿に対し、読者から店を知りたいとの問い合わせが次々と寄せられた。「三越にいたあの職人では?」との質問があり、店を訪ねてみると、2014年9月の沖縄三越閉店に翻弄(ほんろう)されながらも独立し、新しい道を歩み始めた呉屋恒夫さん(54)の姿があった。(調査部・城間有)

「丈夫に使えることを第一に考えて修理している」と話す呉屋恒夫さん=6日、那覇市前島の「58ファクトリー」

 店は那覇市前島にある「58FACTORY(ゴーハチ・ファクトリー)」。小さな店内には、かばんや靴、革製の上着やスーツケースまで、大切に使われてきたであろう品々が所狭しと置かれている。

 「三越で働いていた時、高齢の女性がビニール製のぼろぼろの靴を持ってきた。修理代の方が高いですよ、と新品を買うことを提案したら、孫からのプレゼントで捨てられない、と。それから考えが変わった」。依頼品にはその人の思い出が詰まっている。今ではどんな修理も最初では断らない。

 26歳の時に靴修理のミスターミニットに入社。働きながら技術を身に付けていった。沖縄三越内の店舗に配属されて17年たった14年5月12日、仕事を始めるきっかけでもあり、長年二人三脚で働いてきた同僚が急死。動揺しているところに追い打ちをかけたのが、2日後に報じられた「三越閉店」のニュースだった。職場と相棒を同時になくすという現実に、先のことが考えられなかった。