沖縄で起きている問題の本質を「本土」に伝えるのは容易ではない。在京メディアの一線で長年、悪戦苦闘してきた著者であればなおさら、そのハードルの高さを身に浸してきたはずだ。

朝日新聞出版・1620円/まつばら・こうじ 1960年生まれ。早稲田大卒。84年TBS入社。2014年「フェンス~分断される島・沖縄」で第40回放送文化基金賞テレビドキュメンタリー番組優秀賞。15年から「週刊報道LIFE」メインキャスター。

 「本土」の空気も、大手メディアの組織の論理も熟知している著者は、「定型化している沖縄報道を何とかできないものか」という、「自分も含めた本土メディアへの強烈な不満」を抱いていた。自身に向けても、批判の矛先を突きつけてきた著者だからこそ、この人の言葉に真摯(しんし)に耳を傾けることができたのだろう。

 翁長雄志知事が本書の主人公だ。

 「辺野古」を巡って政府と対峙(たいじ)する翁長知事は、著者にも容赦ない言葉を浴びせる。「あなたたち本土の人間は」。インタビューの折に触れて翁長からこう言われ、その都度、著者はたじろぐ。「翁長と話していると、自分が本土の人間であることを否応なく思い知らされる」。著者は内面を率直に吐露しながら、翁長の言葉の裏や内奥に何があるのか自問自答を繰り返す。そして、こんな心域に達する。「私を含め、本土の人間に、沖縄県民の心の襞がわかるとは思われない。しかしわかろうとすることなしに、どうして基地問題を解決することができるだろうか」

 本書は、翁長知事を生んだ翁長家三代の軌跡を追いつつ、沖縄の戦後を浮き彫りにしていく。筆圧の強さを感じるのは沖縄戦に関する記述だ。現在に連なる基地問題と沖縄の人々の精神性を考える上で、「沖縄戦」は避けて通れない。そう確信した著者はこう記す。「翁長家三代の歩みは、まさに沖縄の戦後そのものと言ってもいいだろう。そしてその戦後はまだ終わってはいない」

 強く印象に残った一文がある。

 「本土の人間はいつまで沈黙を続けるのか」

 本土の人間でありながら本土の人間の「醜さ」「狡(ずる)さ」に辟易(へきえき)する。評者が沖縄にいた17年間、そして東京で暮らす今も感じ続けている、己と周囲へのいら立ちを、本書の著者とならば共有できそうな気がしている。(渡辺豪・元沖縄タイムス記者)