高層のマンションやホテルが立ち並ぶ那覇市=2016年7月12日(本社チャーターヘリから)

■絶好調の沖縄経済
 2012年以降沖縄県経済は絶好調である。日銀が四半期ごとに発表する「短観」によると、沖縄県内企業経営者の「景気が良い」と感じる比率は、全国平均に対して大きく上回り続けている。過去5年間の沖縄は、日本で最も景気の良い地方であると言って差し支えないと思う。

 2013年、2015年に那覇新都心に竣工した沖縄最大の高層ツインマンション「リュークスタワー」は、合計600戸を超える大型開発だ。その開発担当者が私に語ってくれたことがある。「いま、日本全国で600戸級の分譲開発が可能な市場は、東京、大阪、そして那覇くらいしかない。名古屋や福岡でも難しいかも知れない」。ちょっと大げさに言えば、2012年以降の那覇は東京、大阪に次ぐ第3の経済圏というくらいの勢いがある。

 このことは経済統計が裏付けている。2011年から現在まで、小売、建設、観光をはじめ、沖縄県内の幅広い業種で売上が上昇し、県内企業の経常利益は実に50%も増えている。好調な企業収益を受けて、同期間県内の完全失業率は激減し、1万5千人以上の新たな雇用が生まれている。さらには、雇用者所得も高水準の成長を続け、増加した所得がさらなる消費を促すという好循環が生じている(日銀那覇支店)。

 過去5年間の沖縄経済は絶好調そのものだ。企業の売上が増え、利益が増え、雇用が増え、労働者の所得が増え、消費が増え、全国最高水準の経済成長が続く。・・・不可解なことは、それにもかかわらず、同じ期間、沖縄の貧困問題は悪化の一途をたどっているということだ。世界中の事例を見ても、経済成長は貧困解消の切り札であるはずなのに、沖縄社会にいったい何が起こっているのだろう?
 このことを考えるために、この好景気がなぜ生じているか、その要因を見つめる必要がある。

■好景気の要因
 私が米国の金融街で働いていたとき、やり手のバンカーたちはよく、「組織の記憶は6年だ」とうそぶいていた。どれだけの大惨事があっても、ひどいスキャンダルが生じても、6年経過すれば誰も覚えていない、という意味だ。今から約6年前の2009年度、私は沖縄県行政改革懇話会の専門委員を務めたことがあるのだが、この時の最大のテーマは「仕分け」、つまり行政運営の大幅なコストカットであった。当時の県財政は非常事態といって良い状態で、このままでは県が破綻するのではないかと心配されていたほどだ。リーマンショックのあおりを受けて、沖縄の観光業も大打撃を受け、沖縄観光はこのまま沈んでしまうのではないかという雰囲気すら存在した。それに追い打ちをかけるように、2011年3月東日本大震災が発生し、全国的に自粛ムードが広がる。

 わずか6〜7年前にはどん底状態だった沖縄経済だが、現在はまるで別世界にいるようだ。今回の好景気はそれほど急にやってきた感がある。いったい何がこれだけの急激な変化をもたらしたのか。私が見る限り、少なくとも3つの要因がある。

 第一の要因はアベノミクスによる激しい円安効果である。2012年12月に第二次安倍内閣が成立し、その目玉の経済政策として採用された大幅な金融緩和政策が、通貨の発行量を激増させて円安を誘導。2013年に日銀総裁に就任した黒田東彦氏もこの政策を強力に後押しした。2011年に1ドル70円台まで進んだ円高が反転して、2015年には120円台まで急激な円安が進んだ。結果として東アジアからのインバウンド観光客が激増して、宿泊者に占める外国人比率が15ポイント以上増えるなど、今や沖縄の観光収入は空前とも言える成長率だ。2011年に4000億円だった観光収入は、2015年には6000億円を超えた。わずか4年間で50%の増加である。これだけ短期間でこれだけの規模の観光収入が改善した事例は、世界的にも稀なのではないだろうか。