9月23日、翁長雄志沖縄県知事は、16日の福岡高裁那覇支部の判決について、最高裁に上告した。上告審では、憲法違反の有無も主要な争点の一つになる。改めて憲法上の問題を検討しよう。

 県側は、次のように主張した。米軍基地の設置は、消防・警察、環境規制、都市計画などの地元自治体の自治権を制限する。憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項」は、「法律」で定めなくてはならないと規定する。

 辺野古に新基地を設置するなら、沖縄県や名護市の自治権をどのような範囲で制限するかを定める「法律」が必要なはずだ。そうした法律を制定せずに辺野古を埋め立てても、基地として運用できない。したがって、埋め立てにはおよそ合理性はなく、埋め立て承認は取り消すべきだ。

 これに対し、国側は、安全保障は国の事務であり、新基地建設は自治権の制限にはならないから、根拠となる法律は必要ない、と反論した。

 両者の主張に対して、判決は、辺野古新基地の建設が「自治権の制限」を伴うことを明確に認めた。しかし、「本件施設等の建設及びこれに伴って生じる自治権の制限は、日米安全保障条約及び日米地位協定に基づくものであり、憲法41条に違反するとはいえ」ないという。

 これは、恐ろしい判断だ。憲法は、自治権を制限する「法律」は、「地方自治の本旨」に沿ったものでなければならず(92条)、かつ、特定の自治体だけに適用される法律を制定するには、その自治体の住民投票の承認が必要と定める(95条)。しかし、「条約」には、そうした制限はない。判決の論理に従えば、国は、外国との条約を使って、92条や95条を潜脱し、自治権をいくらでも制限できることになる。

 例えば、放射性廃棄物の処理場を日本国内に設置するとの条約が締結され、日本政府と相手国政府とが設置場所の合意をすれば、それが「地方自治の本旨」に反し、「住民投票」の承認がなくても、自治体は従わなくてはならないことになりかねない。

 翁長知事は、今回の判決は、「沖縄県だけの問題にとどまらず、これからの日本の地方自治・民主主義のあり方に困難をもたらす」と指摘するのも当然だ。最高裁は、この判示を見直すべきだし、全国の自治体も、訴訟の行方に強い関心を寄せるだろう。

 それにしても、なぜ高裁は、これほどまでに、ひどい判決を書いたのか。私は『泣いた赤鬼』の話をふと思い出した。

 赤鬼は村人と仲良くしたいのに、村人の鬼への偏見が強く、うまくいかない。親友の青鬼は、赤鬼の願いをかなえようと、悪役を買ってでて、わざと村で大暴れ。赤鬼は青鬼を退治し、村人にとても感謝され、仲良く暮らすようになった。しかし、青鬼とはそれきり会うことができず、赤鬼は涙した。そんな物語だ。

 住民の間に国家機関(鬼一般)への不信のある中、高裁(青鬼)が極端に国よりの判決を書けば、住民は国家機関への反発で一致団結するだろう。そこで最高裁(赤鬼)が住民に配慮の姿勢を示せば、最高裁への信頼も一機に高まる。めでたし、めでたし。

 そんな途方もない物語を考えてしまうほど、高裁の理論はありえない。(首都大学東京教授、憲法学者)