1963年に那覇商業高校を卒業した春子ハムリンさんは、11月に開催される同窓会への出席を心待ちにしている。夫ロナルドさんとともに、米カリフォルニア州サンディエゴ郡から世界のウチナーンチュ大会に合わせて沖縄入りした後、故郷の友人たちと旧交を温めるため、同窓会まで滞在を延ばすことにしたという。

ウチナーンチュ大会の説明会場、ロサンゼルス郊外ガーデナの北米沖縄県人会館で寄り添う春子さん(右)と夫のロナルドさん

 最初の夫との結婚を機に、春子さんが渡米したのは68年。すぐに長女にも恵まれた。「生活が楽ではなかったので、私も稼がなくてはと仕事を探し始めた」と当時を振り返る。しかし、まだ英語が話せなかった春子さんは職探しに苦戦。英語があまり必要ではない電気製品の会社の組み立て作業員として採用された。「69年当時の時給は1ドル65セント。コイルのワインディング(巻線)を担当した。別の会社に転職してもワインディングに取り組んだ」と話す。