母親がわが子のことを案じる情愛のことを「倚門之望(いもんのぼう)」という。母が自宅の門に寄りかかり、連絡のないわが子の帰りを待ちわびる中国の春秋時代の故事に由来する

▼横田早紀江さん(80)も、娘の帰りをひたすら待ち続けてきた母である。当時13歳の長女めぐみさんは学校の帰り道、新潟県内で北朝鮮の工作員によって連れ去られた

▼きのう、めぐみさんが52歳の誕生日を迎えたとのニュースに、母が「倚門之望」を募らせてきた歳月の長さを思った

▼わが子の生存を信じる母は、独裁国家に翻弄(ほんろう)され続けてきた。北朝鮮が拉致を認めた上で「死亡宣告」したのは14年前。その後、証拠の「遺骨」は偽物だったことが分かっているが前進はない

▼深い悲しみを表す「断腸の思い」の言葉は、中国の晋時代、兵士に子を奪われた母猿の悲劇から生まれた。子を救えず、力尽きて息絶える母猿の腹を裂くと、悲しみのあまり腸が断ち切れていた。北朝鮮の冷酷な仕打ちは、早紀江さんの心をどれほどズタズタにしたことだろう

▼娘の帰りを待つ早紀江さんが大切に保管する一枚のはがきがある。拉致の2年前、めぐみさんが旅先から送ったもので、こう綴(つづ)られている。「たくや てつや おとうさん おかあさん もうすぐかえるよ まっててね めぐみ」。来月15日で拉致から39年になる。(稲嶺幸弘)