車に魅せられ、親子でレースに出場した経験を持つ那覇市出身のウチナーンチュ親子が米ロサンゼルス市にいる。自動車修理工場を手掛ける具志司さん(50)は米国でゼロから生活や仕事を築き、念願のレース出場を実現。父の背中を見て育った息子の健士郎さん(30)はフォーミュラドリフトのプロレーサーとして活躍する。海外雄飛で夢をかなえた司さんは「誇り」に思う沖縄に帰省、ウチナーンチュ大会では空手の勇姿を披露する。(社会部・浦崎直己)

「ドリフト界のトップを取りたい」と意気込む具志健士郎さん(右)と父親の司さん=9月28日、米ロサンゼルス市(竹部茂教さん撮影)

 沖縄で車のレースに趣味で出場していた司さん。ロッキー山脈の約20キロを駆け上がる山登りラリー「パイクスピーク インターナショナル ヒルクライム」に参加するという夢のため、1988年6月に家族でロサンゼルス市に渡米した。

 英語は全く話せず「イチかバチか。右も左も分からない状況」から始めたが、自動車修理の経験を積み、95年に工場「具志オートモーティブ」を立ち上げた。

 「沖縄出身のプライドは捨てるな」と言われて育った健士郎さん。父の車好きも影響し、8歳から運転の練習を始め、16歳でレーサーとしてデビューした。

 2007年には健士郎さんがドライバーを、司さんは助手席でナビゲーターを務め、「パイクスピーク」に初出場。しかし、前半で斜面を転げ落ち、無念のリタイアとなった。司さんは翌年も事故を覚悟し、1人で出場。3位入賞を果たし、長年の夢を実現した。

 健士郎さんは、トヨタのレーシングドライバーになって9年目。北米で開かれるプロ選手権で昨シーズンは2位に輝いたが、今シーズンは現在6位。7、8の両日(現地時間)にロサンゼルス市郊外で開かれる最終戦「アーウィンデール スピードウェイ」で上位を目指す。

 技術や迫力を競うフォーミュラドリフトの魅力を、アクセル音や白煙、コーナーに入る角度で自由に表現できることと説明。「格好いい理想の走りで、表彰台の一番上に立ちたい」とシーズン優勝も狙う。

 車の夢をかなえた司さんは「次は、父から学んだ空手の伝統を継承していきたい」と、今は40年以上続ける空手の指導者として汗を流す。ウチナーンチュ大会の空手・古武道交流演武祭にも参加予定だ。「沖縄を誇りに、世界で堂々と闘ってほしい」と語り、健士郎さんやウチナーンチュの若者にエールを送った。