東京・九段の靖国神社境内に建つ資料館「遊就(ゆうしゅう)館」の展示物で、かつて私が最も衝撃を受けたのは1枚の紙片だった。「靖國の宮にみ靈(たま)は鎭(しづ)まるも をりをりかへれ母の夢路に」(陸軍少佐・大江一二三(ひふみ))-中国戦線で落命した部下の母に宛てた弔歌に漲(みなぎ)る、生死を超えて民を支配しようという国家の意思に血も凍る思いがしたものだ。

「援護法で知る沖縄戦認識」凱風社・2700円 いしはら・まさいえ 1941年生まれ。那覇市首里出身。70年大阪市立大大学院修士課程修了。沖縄国際大名誉教授。「虐殺の島-皇軍と臣民の末路」「証言・沖縄戦-戦場の光景」など著書多数

 こうした天皇制イデオロギーが、沖縄に何をもたらしたか。著者は「戦傷病者戦没者遺族等援護法」こそ「『沖縄戦の真実』を捏造(ねつぞう)する」(本書第5章)と喝破する。「恩給」と引き換えに「被害」は「協力」にすりかえられ、「補償」は「援護」と粉飾された。

 本書の白眉は1957年、日本政府作成の「戦闘参加者概況表」の解析(同前)であろう。壕からの追い出しや“集団自決”(強制集団死)、スパイ嫌疑での殺害すら「戦闘協力」とする、あまりにおぞましい欺瞞(ぎまん)。そして0歳児でも遺族の諒解(りょうかい)もなく、加害軍人と同列に靖国神社に「合祀(ごうし)」されるという侮辱が平然と続けられてきたのである。

 これらが、昨年12月の豊見城市議会での歴史修正主義的な決議や、本年2月の県議会で自民党議員が「天皇陛下万歳!」と叫んで質問を締めくくった民主主義への冒涜(ぼうとく)に通ずることは、疑いない。

 「日本が軍事国家をめざす動きの中で、沖縄戦の幻化(まぼろしか)が発生する」(第2章)

 本書を貫流するものは何より“ウチナーンチュよ、再び日本に騙(だま)されるな”という呼びかけである。32年に及ぶ教科書裁判を闘った歴史家・家永三郎や、靖国合祀取消訴訟を提起した彫刻家・金城実らにも啓発され、誠実極まりない自己検証を重ねる著者の姿勢こそ、読後の感銘の源にほかなるまい。

 「死者は語れない、しかし、死者のことばは蘇らすことができる」(終章)

 多年にわたり沖縄戦体験の聞き取りにも携わってきた第一人者の畢生(ひっせい)の作業が、いま日本国家の圧制の強まるただなかに成就した。この真摯(しんし)な探求をすらヤマト社会が功利的に「消費」しかねないなら、それを糾(ただ)すこともまたそこに帰属する側の責務である。(山口泉・作家)