トレードマークはピンクのサンバイザー。那覇市民会館のそばで、知念美佐子さん(64)は焼き芋を販売している。母親から親子2代で50年近くになる

▼市民会館の休館が発表された2日後の14日夕、知念さんは雨の中、営業していた。「にぎわいがなくなるのは寂しくなるね」と語った。沖縄芝居の隆盛期には、開幕前や閉幕後に70から80個の焼き芋が売れた時もあった

▼市民会館は1960年代末の西銘順治市政で計画された。西銘氏は当時、日本政府の水田三喜男蔵相と建設費補助を直談判した。旧制水戸高校の先輩後輩の間柄だったという

▼それでも総工費の一部は寄付で賄われた。復帰前の文化施設は占領の申し子の琉米文化会館しかなく、市民会館は沖縄独自の文化施設としては初めてで、住民の強い思いがあった

▼知念さんは市民会館の歴史を見続けてきた。「修復されるのか、取り壊されるのか、分からない。お客さんがいる限り、私はこの場所で焼き芋を売り続ける」と知念さんは前向きだ。このバイタリティーが沖縄の人々に流れている

▼新人時代に知念さんを取材したことがある。二十数年ぶりに会い、「若さの秘訣(ひけつ)は焼き芋ですか」と聞くと、「そう言うしかないでしょう」と笑い飛ばされた。市民会館休館の寂しさも焼き芋の温かさと知念さんの元気で和らいだ。(与那原良彦)