「カマル」とは誰か。尚円の妻は、巧智(こうち)で息子を王位に就けた「おぎやか」ではなかったか。この詩集は、松金に伊是名以来の連れ合いの女性を創り出し、宜名真に置き去りにされながらも松金への永久(とわ)に変わらぬ思いを持ち続ける女の愛の物語を紡ぐ。47の詩篇(しへん)とこれらをつなぐ二つの文章から成る虚構の“史詩”である。

ボーダーインク・1944円/山入端利子 1939年大宜味村生まれ。近畿豊岡短大卒。主な詩集に「握りしめた手の中の私」「ゆるんねんいくさば」「ゑのち」など

 はて、そのカマルの名はどこから来たか。それは、不幸にも早世した、詩人自らの母の名であった。詩人は母の愛情に重ねるようにカマルの無垢(むく)の愛を語り続ける。

 詩人は尚円王という歴史的存在から出発した。若いころの松金が金丸、そしてついに王位に上り詰め、尚円となる背景に、女たちの物語を訊(たず)ねたいと思った。しかし、手がかりはない。自らの力で分け入らなければならない。伝説を汲(く)み上げながら、女たちの足跡を創った。詩中に登場するカマル、奥間鍛冶屋の娘、汀間の金丸井戸(がー)の女、そして西原の妻らは、松金の不思議な魅力に惹(ひ)かれ、彼の出世の踏み石となっていく。しかし、そこには恨み言はなく、尽くされる想(おも)いのみがある。ヲナリ神の象徴か!?。

 詩人はカマルの悲しみを「わが身に沁みる痛みだ」といい、このカマルの人生を、「昔のひとたちに近い私だから書ける」と言う。そして「カマルが背後からサッと言葉を出してくれる。/ちむふがらさ!(肝誇ら)/カマルの叫び。」と書く。まさにカマルに憑(つ)かれてこれらの詩群は生まれた。思えば、文学の世界はシャーマニズムの世界でもあった。

 カマルは運玉森の麓に住み、そして池田から首里への道を歩いた。今は、小波津団地を経て石嶺の町をスニーカーを履いて歩いている。王朝行列のウチョー(御轎)に座す国王の姿を人混みの中から見て「名前は 松金よ カマルだよ」と発したりする。そう! カマルは、やまのは自身でもあったのだ。カマルの悲しい愛の人生は、詩人の人生でもあったのだ。不思議な余韻につつまれる詩集である。(波照間永吉・県立芸術大名誉教授)