3年前に逝去された谷川健一先生は、沖縄本島に立ち寄ると私を含め何人かを呼び懇親会を開いた。その席で幾度も語っていたのは、出身地の熊本県水俣やその周辺と、沖縄本島南部、佐敷周辺の地名の類似性であった。それと折口信夫氏が「琉球国王の出自」で取り上げた琉球王権の問題との明らかな繋(つな)がりを指摘した。私は折口氏の論文に谷川先生の提起をまとめて1冊にしようと提案し、本書発刊を目指した。

榕樹書林・972円

 谷川先生は既に発表していた論稿に新たに手を入れ、折口氏の論に同調する形で、琉球王権の成立と九州南部との関係性を提示されたのだが、折口論稿は文体が古いだけではなく表現も難解だったのでいわば「現代語」版でやろう、ということになった。

 夏目漱石等の明治期の文人たちの文章が今の人たちには読めないので現代語版で本にするということは最近よくある事とはいえ、いざ自分でやるとなると責任重大で、すんなり進むのもあれば、どう考えても意味が通らないものも出てくる。幾度となく谷川先生と電話でやりとりしながら現代語版の「琉球国王の出自」を編集した。

 2012年6月、先生が主宰する日本地名研究所の大会で小社から刊行した『八重山鳩間島民俗誌』(大城公男著)が風土文化研究賞を授賞した席にようやく1冊だけ持っていくことができた。先生はこの大会後1年もしないうちに亡くなった。私にとって本書は谷川先生との交流の記念碑なのだ。

 折口氏が「琉球国王の出自」で示したものは、見方によっては「日琉同祖論」へと繋がっていくものだった。多少の反発も覚悟していたが、全く何の反応もなく拍子抜けしてしまったほどである。だが琉球王権の源流を巡る議論は皆が興味を持っているテーマであるにもかかわらず、どうも及び腰になっているのでは、と感じるのは私だけだろうか。本書はそんな状況に投げたつぶてだ。波紋の拡(ひろ)がりを期待している。(武石和実・榕樹書林代表)