ノーベル文学賞の受賞者が発表された13日夜、インターネット上には驚きの投稿が相次いだ。

 「ちょっと待て 同姓同名じゃなくて あのボブ・ディランなのか?」

 「村上春樹がまた逃がしたとかそういう次元の話ではなくなってしまったな ノーベル文学賞ってなんだっけ?」

 今年の受賞者は、世界的な人気作家で今度こそはと期待された村上春樹氏(67)ではなく、シンガー・ソングライターのボブ・ディラン氏(75)だった。一体、誰がこの結果を予想し得ただろうか。

 ディラン氏は、「風に吹かれて」のようなメッセージ性の強い音楽によって既成の秩序や権威に抗い、1960、70年代、世界の若者に圧倒的な影響を与えた。

 アメリカのカウンター・カルチャー(対抗文化)を象徴する存在だった。

 「敗者がいずれ勝つこともある 時代は変わっていくのだ」「どれだけ多くの人が死ななければならないのか 無益な死と知るために」

 ディラン氏は、怒りや悲しみを込めた言葉によって大衆性を獲得し、同時に、イメージ豊かな詩的な言葉によって文学性を打ち出した。

 ポピュラー音楽の歌詞には紋切り型の陳腐な表現が少なくないが、暗喩や隠喩がちりばめられたディラン氏の歌詞は「ポピュラー音楽の歌詞を詩に高めた」と評価される。

 ディラン氏への授賞に対し世界の文学界には賛否両論が渦巻いているようだが、ここは文学の古い殻に穴を開ける積極的な試みだと前向きに受け止めたい。

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 文学的な洗練された言葉が独特のメロディーに乗って、しわがれた声によって紡ぎ出されたとき、その音楽は人を動かし、人の想像力を刺激する強い力を発揮する。

 メロディーと声と言葉が一体となって訴えかけてくるのがディラン氏の音楽だ。

 ガロの「学生街の喫茶店」に「学生でにぎやかなこの店の 片隅で聞いていたボブ・ディラン」という印象的な歌詞がある。彼の音楽は60年代、日本の若者に大きな影響を与えた。

 村上春樹氏もその一人である。村上氏の作品には、それまでに読んだ小説や好んで聴いた音楽の話が随所にちりばめられているが、ボブ・ディランというミュージシャンが彼にとって重要な存在だったことが分かる。

 明朗でクセのない文体、機知に富んだ会話、多彩な比喩。アメリカ文学の影響を受けた村上氏の小説はたちまち若者の心をつかんだ。

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 都市中間層の若者は、ポップカルチャーという世界共通の文化基盤を持っている。村上氏はそこに依拠し、都市に住む若者の寄る辺ない不安や心の闇を描いて商業的にも大成功を収めた。

 下馬評の高かったその村上氏が賞を逃し、予想外のディラン氏が受賞したのはなぜだろうか。選考過程が明らかにされていない以上、両者を比較して詮索するのはよそう。

 ここは村上氏とともにディラン氏の受賞を喜ぶのが慎みというものだろう。