2017年(平成29年) 11月18日

タイムス×クロス 平安名純代の想い風

ドジャース・沖縄県系ロバーツ監督の素顔 Wシリーズへ高まる期待[平安名純代・想い風]

平安名 純代
平安名 純代(へいあんな すみよ)
沖縄タイムス米国特約記者

沖縄県那覇市出身。1995年渡米。日英両語のロサンゼルス日系紙「羅府新報」でカリフォルニア州議会やロサンゼルス市議会などの担当を経た後に副編集長。2010年12月から現職。米軍普天間飛行場の移設問題をめぐるラムズフェルド元国防長官との単独会見などの一連の取材で12年に第16回新聞労連ジャーナリスト大賞優秀賞を受賞。

 「大変だ! 沖縄出身の大リーガーが誕生した」

ベンチに戻ったドジャース・前田(左)に通訳を交えて話すロバーツ監督(中央)=5月、ロサンゼルス

 今から約14年前。当時、勤務していたロサンゼルスの新聞社で、米メジャーリーグ・ベースボール(MLB)のドジャースの取材から戻ってきたスポーツ担当記者が、息を切らしながら報告に来た。

 発表されたばかりの新選手名簿を見ると「デーブ・ロバーツ、出身地・オキナワ」と記されていた。

 沖縄系で初の大リーガーとなったロバーツは、チーム最多の盗塁を記録する俊足の外野手として活躍。チームメートからは頼れる存在と慕われ、シーズンの合間には県人会の行事にも顔を出して交流を図るなど、人とのつながりを大事にした。

 球場の中でも外でもいつも謙虚な態度で人々に接するデーブに、野球選手になるのが夢だったのかと聞くと「本当はフットボールの選手になりたかったが、体が小さいから野球選手に変更したんだ」と笑顔になり、「僕は体も大きくないし、天才的な才能を持っているわけでもない。だから何か一つ、これだけは絶対に誰にも負けないスキルを身に付けようと思ったんだ」と大学時代は人の倍の時間を走り込みの訓練に費やし、地道に努力した思い出を話してくれた。

 ドジャースからレッドソックスに移籍後、2004年のヤンキースとのリーグ優勝決定戦では、チームを逆転優勝へ導く伝説的な盗塁を決め、「盗塁王デーブ・ロバーツ」の名を歴史に刻んだ。

 あれから時が流れ、現役引退後は血液がんを克服し、コーチとして球界に復帰。昨年末にドジャースの監督に抜てきされ、大きなプレッシャーがかかる中、3年ぶりにチームを地区シリーズ優勝へと導いた。

 新人監督が地区優勝に導いたのは実に39年ぶりだそうで、早くもワールドシリーズ進出へとファンの期待が高まっている。

 ワールドシリーズのスタジアムに指笛が鳴り響くのを想像しながら、みんなでエールを送りたい。(平安名純代・米国特約記者)

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