知花マリオさん(57)ブラジル県系2世

 ブラジル・サンパウロ市の早朝午前8時。「チバナ・アウトペーサス(知花自動車部品店)」の開店と同時にパーツを買い求める客が続々とやってきた。店内で様子を見つめるのが県系2世の知花マリオさん(57)。リオ五輪の柔道ブラジル代表選手のチャールズさん(26)の父親だ。読谷村出身で沖縄と柔道交流の実績もあるマリオさんの父、故広繁さんの「五輪選手を誕生させる」という夢を親子3代で果たした。

五輪が終わりサンパウロに戻った息子のチャールズさん(右から2人目)に肩を抱かれるマリオさん(右)と裕子さん。左はマリオさんの弟ミウトンさん=ブラジル・サンパウロ

 一族の結束を強めたのが柔道だった。「強くなればばかにされない」と、サンパウロで柔道を始めたマリオさんだったが、稽古を通じて「相手を尊重する武道の精神こそ、子供たちに伝えるべきだと思った」。チャールズさんらが生まれると、おいっ子らも含め20人を指導した。

 さらに一族40人が暮らす6階建てアパート内にも即席の稽古場を設けた。3歳で柔道を始めたチャールズさんは、毎日のように兄やいとこたちと肌を合わせた。「チャーリーは兄弟たちとの稽古を通じて、力を付けた。相手を思いやる心、沖縄のチムグクルも一緒にね」。めいっ子のガブリエラさん(23)も国内の有力選手に育ち、知花家の壁には3世の子どもたちが獲得したメダルが所狭しと並ぶ。「チャールズたちが東京でメダルを取り、沖縄のチムグクルを世界中に発信できれば幸せだ」。マリオさんは子供たちに夢を託す。

 マリオさんは1959年、ボリビアのコロニアオキナワで生まれた。コロニアでは原始林の開拓に追われ農業もうまくいかず、一家はより豊かな生活を求めてサンパウロに移住した。市場でタマネギ売りや裁縫業、レストラン経営-。「本当に貧乏で、ブラジル人からもバカにされたよ」。職を変えながらも家族は助け合い、自動車の部品店が軌道に乗り出し、経営は3世の子供たちの手に移りつつある。

 マリオさんは母弘子さん(79)から「仕事は兄弟皆で協力しなさい」と教えられてきた。「ゆいまーる、チムグクルが沖縄の心。いつまでも大切にしたい」と一世の思いを胸に刻む。

 リオ五輪の決戦の日。敗戦にうつむくブラジル代表のチャールズ選手の健闘をたたえる「チバナ」コールが会場に響き渡った。マリオさんら約100人の大応援団のエールを背に、チャールズさんは前を向く。「ファミリア(家族)は僕の全て。東京ではメダルを取ってみせる」。一世広繁さんの夢は未来へと紡がれていく。(社会部・又吉俊充)