ハンセン病の歌人で、37歳で亡くなった明石海人の作品にある。〈思ひ出の苦しきときは声にいでて子等が名を呼ぶわがつけし名を〉

▼島の療養所で暮らし、まな娘にも会えない。辛(つら)く悲しい時、せめて名前を呼んで子を感じたい。悲痛な思いが伝わる。さまざまな事情で子を失っても、どうにかその存在を感じ、留め置いていたいのが親心であろう

▼この父親もやむにやまれぬ気持ちだったに違いない。青森でいじめ被害を訴え自殺した中2の娘の名前と写真を、父親が公表した。笑顔の娘が写る写真は、黒石市の写真コンテストで、一度は最高賞に内定したが、取り消された

▼「いじめられている子の力になれば」。父親は公表理由をそう語っている。いじめで命を奪われた上に、亡くなったことを理由に受賞も取り消された。娘の尊厳を二度も踏みにじられることに我慢ならなかったであろう

▼批判を受けた市はその後、再び授賞を決めた。最初に内定した際にも、遺族から了承を得ていたのだから、何の問題もなかったはずである。背景も説明し展示すれば、いじめをなくすという市の意思表示にもなったであろうに…

▼いじめ防止対策推進法の施行から3年たつものの、いじめを苦にした自殺は続いている。「いじめをなくしたいという娘の願いをかなえたい」。父親の痛切な思いが響いた。(宮城栄作)