今年は、1816年のバジル・ホールの来琉から200年の節目に当たる年である。

英人バジル・ホールと大琉球(不二出版・2052円)/やまぐち・えいてつ 1938年那覇市生まれ。米プリンストン大、スタンフォード、エール大を経て、県立看護大教授を歴任。「バジル・ホール研究会」名誉会長。「沖縄 島人の歴史」など訳書多数。著書に「英人日本学者チェンバレンの研究」など

 これを記念して県内ではいくつか関連イベントが催されており、評者の勤める那覇市歴史博物館でも企画展が開催されている。また、本書と同じ不二出版から浜川仁氏の翻訳によってホールの同僚であるクリフォードの『訪琉日記』が新たに紹介されるなど、これまで以上にホール来琉への関心が高まっているといえよう。

 そのような記念すべき年に「欧文琉球学」を提唱する山口栄鉄氏によって『英人バジル・ホールと大琉球』が上梓(じょうし)された。バジル・ホールという名前を聞いたことがない人でも、ナポレオンに琉球という「武器を持たない平和な国」があることを伝え、かつ驚かせた人物がいた、といえば聞き覚えがあるかもしれない。

 ホールは1818年に琉球滞在時の交流の記録を『朝鮮・琉球航海記』として出版した。同書に描かれたホール一行と琉球人との心温まる交流の様子はイギリス国内で好評を博し、時を経ずして、オランダ語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などに翻訳された。

 ホールの航海記が19世紀の西洋の読書人にいかに好意的に受け入れられたかは、「エジンバラ・レビュー」や「北米レビュー」などの英米書評誌での称賛ぶりからもわかる。ホールの航海記は版を重ね、第3版からは件(くだん)のセントヘレナ島でのナポレオンとの会見録が収録されている。この会見録は神山政良、伊波普猷、仲原善忠ら沖縄の知識人の手によって翻訳がなされ、かの有名な逸話が沖縄の人々にも紹介されることになった。

 著者は琉球王国時代末期に砲艦外交を展開したペリーの来琉以前にはホールと琉球人との交流に代表される国際親善の時代(「栄光の王国時代」)があったと指摘している。

 これからの沖縄を考える際に200年前に国際交流を繰り広げた「大琉球」の人々の精神から学ぶところは少なくない。(鈴木悠・那覇市歴史博物館学芸員)