ヤマト(本土)から来た若い警察官たちがウチナーンチュ(沖縄人)を見下す発言をしたが、この「土人」発言を聞いて50年以上前の忘れかけていた屈辱が思い起こされ、したたかワジワジーした(=腹が立った)。

新川秀清さん

 1959年暮れに全国の社会福祉の研修で東京に行った時、私たち沖縄から参加した4人に対して「琉球の野郎ども」と言った男がいた。この男は私たちより年上で、後で聞くと軍隊帰りの人だった。軍隊ではウチナーンチュがヤマトグチ(標準語)が上手じゃないといっていじめを受けた。

 今回も単に若い人が口を滑らせたわけではない。沖縄を差別してきたヤマトがあり、今日まで歩んできた日本の歴史が背景にあることを、私たちはしっかり受け止めないといけない。

 琉球処分、ウチナーンチュを見せ物にした人類館事件、そして沖縄戦。ヤマトを守るために沖縄を犠牲にし、戦に負けたら今度は自分たちの独立のために27年間、私たちを米軍統治下に放り込んだ。

 復帰から44年たち、名護市辺野古や東村高江で今やられていることは、ヤマトが米国にべったりくっついて抑止力というユクシムニー(うそ)で沖縄への基地押しつけである。こうした本質に私たちはワジワジーしている。(第3次嘉手納爆音訴訟原告団長)