東日本大震災で津波に襲われ、犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の児童23人の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は計約14億2600万円の支払いを命じた。

 学校側は津波の襲来を予測できたのに、児童を安全な場所に避難させなかった-。司法は、その責任を厳しく指摘した。

 子どもの命を預かる教育現場は、想定を超える自然災害であっても臨機応変に対応し命を守る責務がある、との判断だ。悲劇を繰り返さぬため防災はどうあるべきか。学校は重い課題を抱えることとなった。

 大川小では震災当日、地震の揺れが収まった後、教員が児童を校庭に誘導した。一部の児童は迎えの保護者と下校し、残りは50分近く校庭にとどまった。その後、学校より高い標高約7メートルの堤防付近へ移動を始めたところ、途中で津波に襲われた。児童74人と教職員10人が犠牲になった。

 裁判で争点となったのは、学校側が津波の襲来を予見できたかどうか、である。

 大川小は海岸から約4キロ離れ、ハザードマップで津波の浸水想定区域の外にあった。市は「津波がここまで到達するとは予想できなかった」と主張した。これに対し、判決は、学校前を通った市の広報車が、津波の接近を知らせ、高台避難を呼び掛けたのを教員が聞いたことを理由に、教員は津波は予見できたとした。「被災を回避できる可能性が高かった裏山に避難しなかった結果、津波に巻き込まれた」と、学校側の過失と死亡との因果関係を認めた。

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 判決は、「わが子の命は救えたはずだ」と訴え続けてきた遺族に寄り添う内容となった。ただ、「なぜ助からなかったのか」の疑問が完全に解消されたとは言い難い。

 校庭で待機する間、教員や児童らの中から、裏山への避難を提案する声が出たという。にもかかわらず適切な決断ができず、結果として、東日本大震災で学校で起きた最大の津波被害になった。

 「何があったのか知りたい」との遺族の思いに、市側の対応は誠実さを欠いた。児童が裏山に逃げようと訴えた事実を、一度認めた後に否定し、再度認めるなど説明は二転三転した。

 生き残った児童や教師に聞き取りをしたメモを、市教育委員会が破棄していたことも判明した。第三者委員会の調査も十分ではなかった。学校側に求められているのは、事実を検証して今後の防災対策に役立てる真摯(しんし)な姿勢だ。

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 地震や津波などの自然災害は突然襲ってくる。沖縄を含め、どこでも起こり得る。県教育庁の2011年調査では、県内の小中高校のうち海抜10メートル未満に立地する学校が全体の3割に上った。

 備えを万全にするため、危機管理マニュアルを充実させ、想定外の事態にも対応できるよう教員への研修の徹底が求められる。災害情報の収集の在り方も議論すべきだ。

 災害弱者は子どもたちだけではない。高齢者や障がい者らの避難を含め、地域ぐるみで防災を考える必要がある。