「わったーしんか(私たちの仲間)、奏弥!」-。難病「神経芽細胞腫」の闘病生活の末、9月に急逝したハワイのウチナーンチュ、宮城奏弥ちゃん(享年5歳)の思いを胸に、舞台に臨むエイサー団体がある。30日開催の「エイサーエキスポ2016」に出演するハワイの「チナグエイサー」(玉城リサ代表)は29日、うるま市の勝連城跡で県内に住む遺族を前に演舞を披露し、奏弥ちゃんの名を勝連の空に叫んだ。遺族らは「奏弥も天国から見てくれている」と涙した。

ハワイでエイサー演舞する故宮城奏弥君(キース・ウエハラさん提供)

奏弥君の思いを胸に、「エイサーエキスポ2016」に出場する「チナグエイサー」のメンバーと遺族ら=29日、うるま市の勝連城跡

ハワイでエイサー演舞する故宮城奏弥君(キース・ウエハラさん提供) 奏弥君の思いを胸に、「エイサーエキスポ2016」に出場する「チナグエイサー」のメンバーと遺族ら=29日、うるま市の勝連城跡

 県出身の父康平さん(37)と母美幸さん(37)が奏弥ちゃんの病気を知ったのは2013年12月。一家は住んでいたハワイ州ヒロ市から、より高度な医療環境を求めてホノルル市に移り住んだ。

 家具をそろえるなど居住環境を支援したのはハワイのウチナーンチュ。ハワイ沖縄連合会のサイラス・玉城元会長や現地でエイサー公演のプロデュースなどに携わる県系3世のシャリ・玉城さんらがヒロ市の県人会を通じて奏弥ちゃんの闘病を知り、募金活動を始めるなど支援の輪を広げた。

 激しい痛みも伴う闘病生活で、生きる希望になったのはエイサーだった。県人会の新年会で「チナグエイサー」の演舞を見た奏弥ちゃんはすっかり虜(とりこ)になった。康平さんは「演舞を見てから、家でバケツと棒を持ってたたき始めた」と振り返る。奏弥ちゃんは「チナグ」に入団し、メンバーは兄や姉のように成長を見守った。奏弥ちゃんと仲良しだったジョーダン・ヒナ・サンファンさん(10)は「エイサーを踊ってる時の奏弥は、いつも幸せそうだった」と思い出す。

 30日の舞台でチナグメンバーは、“Washita Shinka Soya”と記したリストバンドを着けて演舞する。県系2世で「チナグ」の玉城代表は「奏弥はわったーしんか、オハナ(ハワイ語で家族)。奏弥の思いはここにある」と舞台に臨む。

 演舞を見た曽祖母の新里キクさん(87)は「奏弥は、ハワイの皆さんにとてもかわいがってもらえたのだと思う」。祖母の宮城瑠美子さん(64)も「闘病は苦しかったと思うが、皆さんに支えてもらった」と涙を拭った。