「何しとんかい!」。控え投手がブルペンに向かう姿を見て、広島カープのリリーフでマウンド上の江夏豊さんは心をかき乱されたという

▼1979年、広島対近鉄の日本シリーズ最終戦。江夏さんは1点リードの九回裏、無死満塁のピンチを招く。次の投手を準備するベンチの采配に「この場面、誰が俺に代わるのか」と自尊心を傷つけられ、平静さを失った

▼野球は単に投げて打つだけの競技ではない。腹を探り、裏をかき合う。選手に求められるのは、極限の場面でいかに平常心のプレーができるか

▼江夏さんの心境を察したのは一塁手の衣笠祥雄さん。近寄って「俺もお前と同じ気持ちだ。ベンチなんて気にするな」。この一言で平常心を取り戻した江夏さんは反撃を断ち、広島を初の日本一に導いた

▼今シリーズは日本ハムが4勝2敗で広島を下し、10年ぶりの優勝を飾った。同点の八回、広島の中継ぎ・ジャクソン投手が招いた2死満塁の危機。誰もが交代と思ったがベンチは続投を選択し、6失点で勝負は決した

▼満塁になった時、ハムの栗山英樹監督は控えの大谷翔平投手に次打者席で素振りだけさせ、投手を揺さぶった。一方、緒方孝市監督は動かなかった。抑えていれば「信頼の采配」と評されたが、生身の人間のやることは理屈通りにいかない。だからこそドラマがある。(磯野直)