あまりにも理不尽なことが堂々と持続的に行われていると、いつのまにか感覚が麻痺(まひ)してきて、ああこれは当たり前の出来事なのだと、「思考停止」の状態に陥ってしまうということが、僕らの国の歴史では繰り返されてきた。沖縄にまつわる最近の出来事を思い返してみてほしい。「やりたい放題」という言葉はまさに高江の状況を言い当てるためにある。だが「言いたい放題」まで到来するとは思ってもみなかった。

土砂を積んだダンプカーの進入に抗議する市民ら=10月25日午前、東村高江・N1ゲート前

 高江で警備にあたっていた大阪府警の機動隊員が、抗議活動に参加していた作家の目取真俊氏らに対して暴言を吐いた。「触るなくそ。どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」。別の隊員も「黙れ、こら、シナ人」。発言はカメラで動画撮影されていた。映像はインターネットを通じて瞬く間に拡散した。「土人」「シナ人」という語が侮蔑的な意味合いで使われているのは明らかだ。まるでヘイトスピーチではないか。それが公務中の警察官の口から出たのだから根が深い。

 本来ならば、戒めるべき立場の松井一郎・大阪府知事がまるで機動隊員を擁護するような見解を示した。「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」。「売り言葉に買い言葉で言ってしまうんでしょ。相手もむちゃくちゃ言っている。相手は全て許されるのか。それをもって一人の警官が日本中からたたかれるのはちょっと違うと思う」。前者はツイッターでのつぶやき、後者は報道陣の質問への回答だ。暗澹(あんたん)たる思いがする。

 僕自身も高江の抗議行動の現場で何度か取材をしてきているが、機動隊の警備のありようには大きな問題がある。実施されている交通規制の法的な根拠も曖昧だ。地元紙の記者が取材中に拘束されたこともある。過剰警備の指摘がたびたびなされている。けが人も出ている。どうみても過剰な力が振るわれるのを目撃もしてきた。

 機動隊員も、きびしい緊張のなかで、感情的になることもあるだろう。だからといって「売り言葉に買い言葉」などと居直るとは何を考えているのか。大体、機動隊員は逮捕権を持ち、警備のために武器を使用することもあり得るのだ。座り込みなどの直接行動に出ている反対派の市民と「対等」ではない。公権力の行使は違法なものであってはならないのだ。

 それにしても、「土人」「シナ人」という「死語になったと思っていた」(翁長雄志知事)言葉が、侮蔑的な文脈で、若い機動隊員の口から飛び出したことは深刻だ。日本の近現代史の中で「土人」という言葉が使われていた例で僕が思い出すのは、1899年に制定された「北海道旧土人保護法」という法律だ。アイヌ民族についての「旧土人」という表現および法律の内容が差別的であるとの批判が高まり、1997年、アイヌ文化振興法施行に伴って廃止された。アイヌ保護を名目とはしていたが、アイヌの土地の没収、アイヌ語使用の禁止、アイヌ固有の風習の禁止などが含まれていた。

 もう一つ、僕が記憶しているのは、戦争中に日本軍が南方戦線のインドネシアに兵士のための慰安所を開設する際に日本軍が作成した公文書に次のような記載があったことだ。「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設 気持ちの緩和に非常に効果ありたり」。ここに記されている主計長とは、戦後日本の首相になった中曽根康弘氏である。「土人女」が何のために集められたのかはここでは記さないことにする。