プロ野球日本ハムが広島カープとの日本シリーズを制し、10年ぶりの日本一に輝いた。キャンプ地・沖縄県名護市も盛り上がり、選手が市街地を歩くパレードの計画が浮上している。名護市営球場建て替えのため、キャンプは来春でいったん中断。「戻ってきてもらうためにも熱意を示したい」との声が上がっている。(北部報道部・阿部岳)

日本ハムの逆転勝利を喜ぶ名護の応援ツアー参加者=10月26日、札幌ドーム

 札幌ドームであった日本シリーズ第4、5戦。客席には稲嶺進市長ら応援ツアーの一行16人がいた。

 結果は2夜連続の逆転勝ちで、参加者は大喜び。市内の会社役員、崎浜秀一さん(57)は以前広島ファン、今は日ハムファンで「夢のような対決。最後はスカッと決めてくれて気持ち良かった」と話した。一行が名護に戻った後の第6戦で日本一が決まった。

■手作り企画

 日ハムは1979年に投手陣が名護でキャンプを始め、球界で最初に沖縄に根付いた球団だ。稲嶺市長は「ずっと応援してきて、今や両リーグを代表するチームになった」と感慨を込める。早速、パレードの計画に言及し「みんなでお祝いして、市民にも球団をますます身近に感じてほしい」という。

 名護のパレードは前回日本一になった2006年の翌年のキャンプ中に開いて以来。天井を取り払ったバスを連ね、ビルから紙吹雪が舞うのが札幌の大規模パレードだったが、これに対し、ヒルマン監督やダルビッシュ投手が徒歩でアーケード街を歩く手作り感満載のイベントだった。警備面が課題になるが、企業や個人でつくる名護協力会が調整を進めている。

■2年の空白

 球場老朽化のため、名護キャンプはいったん来春まで。2018、19の2年間は2月前半は米アリゾナ州、後半は現在2軍が使う国頭村を拠点にする見込みだ。新球場が完成する2020年以降は、球団首脳が「再び全日程を名護で」との意向を示している。

 名護協力会の事務局を預かる名護市商工会職員の具志堅功さんは「戻ってもらうためには、来春の準備が大事。日本一の球団に負けない日本一の受け入れを目指したい」と力を込める。

 球場建て替えは名護市が実施設計を進めている。収容人数は現在の4千人から7500人程度にほぼ倍増し、ロッカールームや投球練習場も広くなる予定。総事業費は35~40億円を見込んでいる。

 来春のキャンプ終了後すぐの3月には解体工事に入り、19年中の完成を予定する。名護市都市計画課の桃原泰明主幹は「スケジュールは順調。球団の要望を取り入れ、気持ち良く練習できる環境がつくれるように努力したい」と話した。