オバマ米大統領の就任期間中は、米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、日米間が激しく揺れ動いた時期でもあった。「チェンジ(変革)」と「ホープ(希望)」を掲げたオバマ氏だったが、解決に向けた主導権を握ろうとせず、事態を静観して問題を先延ばしにしたまま、次政権へバトンを渡そうとしている。

オバマ米大統領(ロイター=共同)

 「最低でも県外」を掲げて普天間移設問題に取り組んだ鳩山由紀夫首相は、最終的に辺野古案に回帰し、責任を取って2010年に辞任。米国防政策において重要性の低い一つの米海兵隊の基地を巡り、同盟国の首相が辞任するという異常事態だったが、オバマ氏は問題の対処を当時の国務長官だったクリントン氏に預けたまま、足を踏み込むことはなかった。

 そうした事態を見かねた米連邦議会の重鎮らは、11年に米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の見直しを提言。辺野古移設を含む在沖米海兵隊のグアム移転計画を「非現実的」と批判して予算を凍結。国防費削減を理由に海兵隊の規模縮小も要請するなど、沖縄を拠点とする海兵隊の存続をかけた水面下の闘いが米議会と国防総省の間で展開された。

 しかし、米国内政策と中東情勢に手をとられていたオバマ大統領は、沖縄問題に関する判断は自身の右腕であるライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に預けたまま事態を静観。13年の辺野古の埋め立て承認で、「難関」をクリアしたため、普天間移設問題を見直す必要はなく、遅れを生じさせてでも計画を進めていくことが米国の国益につながると判断した。

 在沖米軍基地問題を巡っては消極姿勢のオバマ氏が唯一、態度に変化をみせたのが5月に発覚した軍属による暴行殺人事件だった。訪日の際に自身が謝罪する必要性を主張したが、沖縄で全基地撤去要請の機運を高めかねないとの側近らの進言で取りやめた。(平安名純代・米国特約記者)