地域防災に関わる中で、「稲垣さんなど被災経験者に実際を聞くと、本気度が変わる」といわれる。

「てんでんこ未来へ あの日を忘れない」(岩手日報社・1620円)/2016年度日本新聞協会賞受賞の記事を収録。「てんでんこ」は「各自」「めいめい」の意。津波の教えとして、1896年の明治三陸大津波のころから地元で伝えられている

 近年、災害時に起こりうる困難をゲーム感覚で取り組む訓練がよく行われる。僕たち被災者の経験を元に、学者らがつくったものだ。

 素材はどれも重く困難だが、進行がマニュアル的だと参加者は「だいたいこんな感じでいいじゃん」と軽く扱う。背景にある問題や当事者の複雑な感情と苦悩、実際の判断が生きた言葉で伝わらなければ、ただのゲームでしかない。

 津波被災経験から「てんでんこ」を広めた故・山下文男氏は、学者の「避難時は靴を履くこと」という話に「いざとなったら靴を履く間も惜しまないと。だから本物を知らない学者はダメだ」と本書で嘆く。そして、こうした頭の中と机上の防災がもたらした悲劇と教訓が、生者と死者により綴(つづ)られる。

 事実から始めないと、災害とは闘えない。津波にどう向き合うべきか、住民がリスクに関わるべきか、僕は分からない。だから岩手に通う。話を聞きに行くというより、話す時が来るのを待つ。彼らと共にありたいから。

 通って3年目で、大槌町の臼沢康弘さんは主婦の犠牲の多さを、「嫁が抱える負の絆」という辛(つら)い言葉で口にした。沖縄に持ち帰り、地域に伝えている。偶然、彼は本書で「自分の言葉で経験を伝えると、相手の心に残る。聞いた人が周囲に教訓を広げてくれることを実感するからこそ」と話す。

 岩手では、民生委員26人をはじめ避難支援に関わった多くの住民が溺死した。僕は「犠牲者を出すほどの自主防災組織や共助は必要か」と考え、同町安渡地区に教えを乞うた。釜石市で多数の児童が逃げきった1・7キロを3回訪れ、走った。そこで聞いた画期的な「15分ルール」「説得訓練」「率先力」も、本書は深くフォローする。

 生者と死者は、繰り返し訴える。てんでんこ「津波を感じたらとにかく逃げよ」は、家族と信頼を築いたうえで自分で考え行動し、最善を尽くすことだと。(稲垣暁・社会福祉士、防災士)