沖縄戦で灰燼(かいじん)に帰した故郷に戻れず、千葉県成田市三里塚に入植し開拓した沖縄出身者について、ライターの新垣譲さんが「開拓村『沖縄農場』の軌跡」を本紙で連載した(7~11日付)

▼1946年、18人で始まった沖縄農場は1年後、200人に拡大。ようやく作物を生み出すようになった土地に66年、成田空港建設が決まる。反対農民は徹底抗戦するが、沖縄の人々は早い時期に農場を国に明け渡したという

▼闘争を描いた尾瀬あきらさんの漫画「ぼくの村の話」(講談社)には、沖縄の人々が反対農民に謝る場面がある。「沖縄は今、祖国復帰を悲願にしている。反対運動して、政府を刺激したらまずい…」「わしらの夢なんだ、返還は…」

▼セリフが史実かどうかは分からない。しかし戦争で故郷を失い、ようやく手に入れた新天地も、同胞を思い諦めた無念さはいかばかりだったか

▼農民の闘いは学生運動と結びつき、多くの死傷者を出すまで激化した。しかし混乱の原点は事前に話し合おうともせず、「国策」だけを理由に土地を奪おうとしたことにある。村山内閣が非を認めたのは95年

▼反対の声を力ずくで封じる手法を、国は「過ち」と認めたはずだ。高江でやっていることは何なのか。新垣さんは「政府の反省は、少なくとも沖縄においてはまるで生かされていない」とつづる。(磯野直)